日本語教師って、ほんとのところどんな仕事?
常勤と非常勤講師の違いや、海外で働く「外国人の日本語教師」をトレーニングする仕事まで、まったくの異業種からひょんなきっかけで日本語教育の世界に飛び込んだ40代教師が一番大切にしていること。
<インタビューに答えてくれた先生>
江尻友昭(えじりともあき)さん 47歳
大学卒業後、入社した企業の経営が傾き退職。その後、「国際関係論」を学ぶため大学院に進学。博士号を取得後、イギリスの大学へ研究生として留学。その後、大手キャリアの携帯電話のコールセンターで勤務しながら日本語教師教師養成講座に通う。3年前から日本語教師として活躍。
教える対象は来日留学生からインド人の日本語教師へ
現在は、インドで日本語を教えるインド人教師に、日本語教育のレクチャーを行なっているそうですが、どのような仕事ですか?
派遣会社の海外事業で、日本で働く外国人を対象にしたインドの日本語学校があるのですが、そこで日本語を教えるインド人の先生方へのトレーニングです。
インド人の日本語教師を対象に、どんなトレーニングを?
まず最初に、オンラインで授業のカリキュラムや、独自の教科書「つなぐ日本語」の進め方、それから漢字、聴解、読解の教え方の研修を行います。そのあと、直接インドに赴いて、1週間ほど研修をしたのち、実際に先生方に授業をやってもらいます。いわゆる、教育実習ですね。そこで気になることがあれば課題を与え、「頑張ってください」と。
インドで日本語を教わる学生たちは、日本の企業で即戦力にならなければいけないので、授業の進み具合は常に気を張っていなければならないところです。
文化の違い。思い通りに授業が進んでいない! ということも。
インドと日本、文化や価値観の違いもありそうですね。
インドは階級社会ですから、学生と先生の間に絶対的な差があるんですよ。生徒は先生に口答えはしません。先生のいうことは絶対です。だから、学生が伸びるかどうかは、先生の力量次第というところがあるんですよね。先生方は、日本語は流暢に話すことができますが、日本語教育となると力はまちまちです。大学で日本語を長年教えていた経験がある先生は、やっぱりすごく教え方が上手で、生徒もぐんぐん成長します。
インドで日本語を学ぶ学生たちの学力はどのように確認を?
定期的に先生方と連絡を取り合って、学生の出席率や授業の進み具合を確認します。また何かインドに行く用事があれば、必ず学校に立ち寄って、授業を見てフィードバックしていきます。
思い通りに進んでいないことも?
やっぱり私たち日本人とは感覚が違って、「都合がつかなかったので授業を休みました!」とかあるんですよ。内心うわ〜って頭を抱えていますが、極めて穏便に、「先生、そうだったんですね、わかりました。ではちょっとカリキュラムを修正しなくてはいけません。すみませんけど、早急に対応していただけますか」と、つねにお願いスタイルです。
もし、進んでいない科目があっても、「何か困っていらっしゃいます? 良かったら聞かせてもらえますか」と、まず向こうの話を全部聞きます。先生方の自尊心を傷つけないで要望を受け入れてもらう僕なりの方法です。
やっぱり、学生に対しても先生方に対しても、心の機微が一番大事なんです。
一番大事なのは信頼関係。まずは一緒にカレーを食べる!
ひょっとして、それはコールセンターでの経験が生きている……?
もしかたら、生きてるかもしれません。ほぼクレーム電話の対応でしたから。
とはいえ、やっぱり厳しいことも言わなければならない。だから信頼関係を築くために現地に行ったら、私は必ず先生方と一緒に食事をします。ほぼカレーですが(笑)、食事中はお互いにリラックスするので、本当にうちとけて心を開いてくれますし、 僕も自分の家族や趣味の話をします。
先生はどんなご趣味を?
私はガーデニングが好きなんで、ラズベリーや木苺を4種類くらいベランダで育てているんですが、そう彼らに言うと、「センセイ、1ヶ月もインドにいてラズベリーは、ダイジョウブデスカ?」と心配されます。ぜんぜんダイジョウブじゃない。帰国すると見事に枯れてます……。
帰国後はインドの先生方とどのようにして交流を?
インドで人気の「ワッツアップ」という無料通話(メッセージ)アプリで、電話がかかってきますね。平日休日問わず、わからないことや、ちょっとした質問メッセージも来ます。可能な限りすぐに対応します。やっぱりこの仕事って信頼関係ですから「時間外は対応しません」、では成り立たないんです。
個人的につながることで信頼関係ができれば、こちらからの要望も聞いてもらえる。「日本はインドと違って時間に厳しい。1分1秒に厳しいです。だから日本で働く学生には日本の文化を教えて欲しいし、先生方にも守ってもらいたいです」と伝えたら、僕との時間や約束は必ず守ってくれるようになりました。
人間関係は1+1=2ではなく、無限大。
仕事仲間というよりも、人間対人間の関係性ですね。
僕は、人間関係は1+1=2じゃなくて5にも6にもになると思うんです。
そのうち、インドに行くと「センセイ、わざわざ来てくださりありがとうございます。センセイはプネってところ知ってますか? お休みの日に案内します」と観光に連れて行ってくれたりも。
江尻先生について、彼らはどう思っているんでしょう?
他の日本人と違って、パサパサしてないって言います。人間関係を作っていこうという気持ちが通じているんだと思います。
彼らが逆に来日する時は、必ず僕に連絡をくれます。こないだも、「日本語教育について論文を書きたい」という相談があって、それだったらうちの学校の先生に詳しい方がいるのでつなぎましょう、とすぐその場で連絡を取ったり。
でも、相談があってもなくても、1時間一緒にお茶を飲むだけでも会います。僕も会いたいですし、たぶん向こうもそう思ってくれているのを感じますから(笑)。
インタビュー : さくらいよしえ / イラスト : 溝口イタル