りんごが、ひとつ、ふたつ、みっつ・・・
りんごが、いっこ、にこ、さんこ・・・
今日は日本語の「数え方」について考えてみましょう。
文:志賀玲子 講師
夫の赴任地からの帰国をきっかけに専業主婦から日本語教師に。
都内日本語学校にて数年間勤務後、大学院へ進学。大学院修了後、日本語教師養成講座講師、大学講師に。
現在、大学にて留学生教育の他、日本の学生への初年次教育及び日本語教授法等の科目を担当。
日本語の語種
さて皆さん、日本語の言葉を出自で分けるという考え方をご存知でしょうか。
出自・・・生まれ出た場所です。
一般的には、その出自から、漢語、和語、外来語というように分けることが多いようです。
語種と言います。
漢語というのは、大陸から来た言葉ですね。
とても平たくわかりやすく言うと、音読みで構成された言葉です。
例えば、学校、電気、食事などです。
和語は、日本古来の言葉だと説明されることが多いようです。訓読み、あるいは訓読みの漢字の組み合わせのものを思い出してください。
雲(くも)、夜空(よぞら)、などが和語に当たります。
外来語についてはいろいろな定義の仕方があります。例えば、16世紀以降入ってきた西洋の言葉が語源となっている日本語、というような説明があります。一般的にはカタカナで表記されます。
まず、16世紀にポルトガル語が語源となった言葉が日本語の中に生まれました。例えば、コロッケ、パン、カステラ、ビスケットなどです。
言葉だけが入ってくることはおそらくなく、物や考え方などと一緒に言葉が入ってくるんですよね。言葉が生まれたということは、新しい物を認識したり取り入れたりしたということになります。ですから、新しいものがどんどん入ってくれば、新しい言葉がどんどん増える、と言えるでしょうか。ポルトガル語が語源の言葉がたくさんあるということは、ポルトガルからいろいろなものが入ってきたということです。
ポルトガルから始まりスペイン、そして江戸時代にはオランダ、明治以降はドイツ、フランス、イタリア・・・そして現代でも圧倒的に多いのが、皆さんご存知のとおり、英語由来の言葉です。
私たちは、いろいろな言葉をカタカナの使用によって表し、「日本語」を生み出しているようです。
さらに、バス停留所(外来語+漢語)、筆ペン(和語+外来語)、水玉模様(和語+漢語)など、出自の違う言葉が組み合わさったものを混種語と言うこともあります。
このように、出自が異なる言葉が共存し、補い合って、私たちの言語生活を豊かなものにしています。
漢語系と和語系
ところで、数を数えるとき、皆さんはどのように言いますか。
一、二、三、四、五、六、七、八、九、十
イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ、キュウ、ジュウ?
イチ、ニ、サン、よん、ゴ、ロク、なな、ハチ、ク、ジュウ?
ここで、例えば四の場合、「シ」とか「よん」など、複数の言い方が出てきます。
七もそうですよね。「シチ」とか「なな」など、やはり複数の言い方があります。
ここでカタカナと平仮名を使い分けていることにお気づきの方もいるのではないでしょうか。実は、カタカナで示した「シ」「シチ」は音読み、つまり漢語系、平仮名で示した「よん」「なな」は訓読み、つまり和語系なんです。
もちろん、音読みといっても、厳密に元々の発音がそのまま入ってきたわけではありません。「文字と一緒に発音もわが国に伝わったのだが、日本人はそれらを自らの文化や都合に合わせて『日本語』に変えていった」(※1)と言えます。
「一」の読み方
では、「一」には、漢語系の「イチ」以外にどのような読み方があるのでしょうか。ここでは、常用漢字表(※2)で確認してみましょう。
常用漢字表には、「一」の読み方として「イチ」「イツ」「ひと」「ひとつ」が示されています。
そして、使い方の例も示されています。
「イチ」 一度、一座、第一
「イツ」 一般、同一、統一
「ひと」 一息、一筋、一月目
「ひとつ」 一つ
この中で、例えば一度の「度」や一筋の「筋」を助数詞と言います。何かを数えるときにつける言葉ですね。
日本語には多くの助数詞があって、日本語学習者には厄介だと感じる要素となっています。助数詞は数限りなくあり、私たちが日常的に使用しているのはその中のほんの一部であると言えます。クイズ番組などで出題されたりしますよね?!母語話者が知らないものもたくさんあるのです。
助数詞の働きについては、助数詞をつけることによって抽象的な数が具象的になり、より明確に意思を伝える効果があると言われています。このような数え方は、「シナ・チベット語族の諸派、タイ語・漢語、チベット語・ビルマ語などの言語」(※3)にもあるとのことです。
さて、話を戻します。
「一度」というのは「イチド」と読みますね。音読み+音読みで、漢語系の数え方です。
「一筋」というのは「ひとすじ」と読みますね。訓読み+訓読みで、和語系の数え方です。
このように、日本語の数え方には、漢語系と和語系があるのです。
さらに、先に挙げた常用漢字表には、「備考」という欄があります。
「一」の備考欄には、「一日(ついたち)」、「一人(ひとり)」という二語についてその読み方が記されています。これは、常用漢字表の末尾に添えられている「付表」に取り上げられている特別な読み方なのです。
「付表」は、「いわゆる当て字や熟字訓など、主として、一字一字の音訓としては挙げにくいものを語の形で掲げた」ものです。特別な読み方として国語の漢字テストに出されたものがここには多く示されています。ご興味ある方は是非確認してみてください。
間違えやすい時間や月の言い方
ここまで、ややかたい話をしました。
日本語を教える際には知っておいたほうがよい知識ですが、学習者にとっては和語系であろうと漢語系であろうと、そんなことはどうでもよいことかもしれません。
学習者にとっては、まず、日常生活でそれぞれどのように数えどのように発音するか、ということが大切なこととなります。
上で見たように、日本語の数え方には和語系と漢語系が混ざっているので、それが読み方という点において学習者にとって厄介な原因となっています。助数詞の数が多いのも面倒な点ですね。
しかし、私たち自身が日常的に使っているものはそのうちの一部です。学習者にも、日常的によく使っているものから伝えることを心がけましょう。
多くの日本語の教科書では、日にちや時間の言い方、よく使う数え方が、最初のほうに出てきています。
そこでは、注意すべき点にフォーカスを当てて伝えると役立つかもしれませんね。
例えば、時間や月の言い方について、皆さん、声に出して読んでみてください。
1時、2時、3時、4時、5時、6時、7時、8時、9時、10時、11時、12時
1月、2月、3月、4月、5月、6月、7月、8月、9月、10月、11月、12月
「時(ジ)」「月(ガツ)」が漢語系であるため、原則的には漢語系で数字も読みます。
・・・が、どうでしょうか。原則通りではないものがありますね。
4時は「シジ」とは言わず「よジ」と言います。「よんジ」とも言いませんね。
そして、4月は「シガツ」です。「よんガツ」とは言いません。でも、「よんジ」や「よんガツ」と言ってしまう学習者が案外多いんですよね。
9時は、「キュウジ」ではなく「クジ」と言います。(キュウもクも音読みです。)
9月も「クガツ」ですが、「キュウガツ」と言ってしまう学習者は多いようです。
つまり、4や9は、時間や月を言うときに間違えやすい数字なのです。そこを教える側が意識していると、フォローがしやすくなります。
適用範囲が広い和語系の数え方
さて、冒頭のリンゴの話に戻りましょう。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・
一個、二個、三個・・・
リンゴを数える場合、どちらを使ってもよさそうですね。
では、次の文はどうでしょうか。
ひとつ考えがある。
一個考えがある。
この場合、一個というのはやや不自然でしょうか。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・という和語系の数え方は、実はその適用範囲が広いようです。「リンゴ」のような具体的な物を表すことはもちろん、「考え」のような抽象的なことを表す場合にも使えます。
また、「日常会話では、『携帯電話』も『牛乳パック』も『ひとつ・ふたつ』で済ませる」(※3)こともありそうですよね。
漢語系に比べると、対象となるものが厳密ではなく、多くの事柄に使えそうです。つまり、ある意味とても便利な言い方なのです。
日本語を教えるときには、必ずしも常に厳密さが必要というわけではなく、時には便利さを優先した情報を伝えるのも有効です。
ただし、
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とお、
次は?
和語系の数え方はここまでです。
「これは、日本社会や文化の成り立ち、また、日本民族の数の概念のあり方に負うものである」(※3)と指摘されています。
う~ん、こんなことからも、実におもしろく深い文化の洞察ができそうですね。
※1 『日本人の数え方がわかる小事典』飯倉晴武 PHP新書
※2 常用漢字表
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/pdf/joyokanjihyo_20101130.pdf
※3 『数え方の日本史』三保忠夫著 吉川弘文館