目次
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  1. 1. 「情けは人のためならず」の意味
  2. 2. 解釈が二分されているということ
  3. 3. 想像力をはたらかせ、人に寛容になる
  4. 4. 自分の常識やものさしではからない

「情けは人のためならず」

こんなことわざがありますね。

ところで、このことわざの意味、皆さんはどう理解していらっしゃいますか。

(ア)人に情けを掛けておくと巡り巡って結局は自分のためになる

(イ)人に情けを掛けて助けてやることは結局はその人のためにならない

皆さんは上の(ア)と(イ)、どちらの意味で使っていらっしゃるでしょうか。

どちらの意味だと解釈していらっしゃいますか。


文:志賀玲子 講師

夫の赴任地からの帰国をきっかけに専業主婦から日本語教師に。
都内日本語学校にて数年間勤務後、大学院へ進学。大学院修了後、日本語教師養成講座講師、大学講師に。
現在、大学にて留学生教育の他、日本の学生への初年次教育及び日本語教授法等の科目を担当


「情けは人のためならず」の意味

文化庁は毎年、「国語に関する世論調査」という調査を行っています。

平成22年度には、「情けは人のためならず」の意味について、どのように解釈されているかの調査が行われています。(※1)

その調査によると下のような結果が出たそうです。

(ア)人に情けを掛けておくと巡り巡って結局は自分のためになる    45.8%

(イ)人に情けを掛けて助けてやることは結局はその人のためにならない   45.7%

なんとなんと、ほぼ二分されたというわけなんです。

本来の意味は、(ア)の「人に情けを掛けておくと巡り巡って結局は自分のためになる」なのですが、(イ)の意味だと解釈している人がほぼ同じ数だけいるということになります。

ことばの使い方、ことばの意味などが変化していくのは、ある意味とても自然な現象だとも言えるでしょう。私たちが日常使っていることばにも、数年前には存在しなかったものがたくさんあります。数年前どころか1年前にはなかったことばを普通に使っていることもありますね。

振り返ってみると、以前は使っていたけれども最近は使わなくなったなあ、なんていうことばもあるはずです。いわゆる死語と言われているものですね。

皆さんは古文が得意でしたか。簡単に読めましたか。

古文が多くの人にとって難しかったのは、当時と今とではことば自体や文法などに違いがあるからですよね。

社会が変わっていく以上、そこで使うことばも変わっていく・・・これは当然のことです。

「いやいや、『正しい』ことばを使わなければならない」と言う人もいるでしょう。それもまたよくある主張ですし、じっくりと考えるべき事項だと思います。

ただし今回は、「正しいことばを使うべきか否か」という議論からは離れたいと思います。

解釈が二分されているということ

話を先ほどのことわざに戻します。

ここでは、「解釈が二分されているということ」に、コミュニケーションという観点からフォーカスを当てて考えてみたいと思います。

例えばこんな場面を想像してみてください。

ある人は(A)の意味でこのことばを使ったとします。しかし、相手は(B)の意味でとらえている・・・

これって、ちょっとこわいことだと思いませんか。

平成24年度の文化庁の調査では「役不足」ということばの意味について調査をしています。(※2)例えば「彼には役不足の仕事だ」というように使われます。

さて、「役不足」の意味を、皆さんは次のどちらの意味でとらえていますか。

(ア) 本人の力量に対して役目が重すぎること

(イ) 本人の力量に対して役目が軽すぎること

文化庁の調査の結果は、以下のとおりでした。

(ア) 本人の力量に対して役目が重すぎること                 51.0%

(イ) 本人の力量に対して役目が軽すぎること                 41.6%

文化庁の調査では(ア)の意味だと答えた人のほうが多いという結果が出たようですが、本来の意味は(イ)ということになります。つまり、本来の意味だと理解している人より、本来の意味とは違った意味だと理解している人のほうが多いということです。

このことを実際のコミュニケーション場面に当てはめて考えてみましょう。

かりに、本来とは違った意味だと理解している人が、謙遜の意味をこめて、

「それは私には役不足です」

と言った場合のことを想像してみてください。

どのようなミスコミュニケーションが起きる可能性があるでしょうか。

本来の意味で理解している人は

「なんと奢った人なんだ」

と、誤解してしまうかもしれません。

「謙遜」のつもりが「奢り」ととらえられてしまう・・・結構、おそろしいですよね。

さて、わたしたちは、それぞれがそれぞれの常識というものをもっています。そしてそれは思い込みや独りよがりなどになっている可能性も高い・・・

常識というものの及ぶ範囲は、明確にはっきりとことばに表せるものから、なかなか表現できないものまで、あらゆることがらにわたりますよね。そのひとつひとつを、他人と比較したことがありますか。友達と確認したことがありますか。

そもそも、自分の常識について、他人とは違うという前提で考えている人は少ないのではないでしょうか。

そうそう・・・一緒に暮らしてみてはじめて生活習慣に大きな違いがあることに気づくカップルも多いのではないでしょうか。

私は、大学の授業で、しばしば大学生に上のようなことわざの質問を投げかけます。その場で挙手してもらうのですが、たいていのクラスで、上で示した文化庁による調査結果と同じような現象が起きます。つまり、だいたい半分半分から6対4くらいの割合になるのです。

そして、その結果をスタート地点として、コミュニケーションということについて考えてもらいます。

想像力をはたらかせ、人に寛容になる

日本語を使って日本の社会で生きている人たちどうしでも、このような意味のとりちがいが起きる・・・ということは、文化背景が異なる人たちと接する際には、自分の常識と相手の常識が異なることはありうるんだということを意識し、さらに、異なる可能性があることを前提に理解をしあえるようにコミュニケーションをとる必要があります。

先日こんな話を聞きました。

とても大切な契約書類が送られてくるのを待っていたCさんは、その届いた封書を見てびっくりしたそうです。

何に驚いたのでしょうか。

「思いもよらなかった~! びっくりした~!」

と彼女は私にうったえました。

その契約書類が「普通郵便」で送られてきたからです。

Cさんの常識からすると、そんな大切な書類を「普通郵便」で送るなんて信じられないということになります。

普通郵便だと追跡することができませんし、万が一なくなってしまったときに補償もしてもらえません。

Cさんは差出人であるDさんを非常識だと認識してしまいます。

送った側のDさんは、もしかして「書留郵便」の出し方を知らなかったのかもしれません。これもCさんからすると非常識にあたるのでしょうが・・・。あるいは、「普通郵便」でも確実に届く郵便制度を信じていたのかもしれません。

郵便局にいくより、近くにあるポストに投函するほうがはやく届くだろうからかえってそのほうがよいと判断したのかもしれません。

Dさんがなぜ普通郵便を選んだのかはDさんに聞かない限りわかりませんが、いくつかその理由を想像することはできます。

このような想像力がはたらくことによって、人は寛容になれます。

自分の常識やものさしではからない

さて、これからの社会において、さまざまな背景の人たちとの接点が多くなることは間違いないですよね。

様々な人と接し、さらにストレスを最小限にとどめるためには、想像力を豊かなものにしておくことも肝要です。

自分の常識やものさしではからないということですね。

それぞれの人の行動の裏には、何らかの理由や事情があるということに、思いを巡らせることです。

それができると、いちいちイライラすることはあまりなくなってきます。

そのほうが人生を楽しく過ごせますよね。

日本ではカップルの結婚時やお子さんのお誕生のお祝いに時計を贈ることがよくありますね。

ただしこれは中国ではご法度! 絶対に贈ってはいけないこととなっています。

時計を送るという発音と、死者を弔うという発音が同じだからです。

こうしたお互いの文化のご法度は知っておくべきでしょう。

特に、自分が何かをするときにはできる限り配慮するべきです。

しかし、実際には、「知らない」ことに「気づく」のは難しいですよね。そもそも知らないのですから気づけません。

かりに自分の常識ではマナー違反であっても、相手はそれを知らない可能性が高い、または相手の文化では別の解釈をしていることも考えられます・・・

そんなときに、自分のものさしだけで相手の行為を判断したり、一人で怒りを抱えていたりしてもなんの解決にもなりません。無駄なエネルギーを使うことになります。

異文化コミュニケーションの中で、心を平穏に保つ秘訣・・・そのひとつは、

他人に寛容になる、想像力をはたらかせる

ということではないでしょうか。

心穏やかに日々を過ごしたいものです。

(※1)平成22年度「国語に関する世論調査」の結果について(文化庁)

https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h22_chosa_kekka.pdf

(※2)平成24年度「国語に関する世論調査」の結果について(文化庁)

https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h24_chosa_kekka.pdf