目次
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  1. 1. バイト先の“宿題”も!?
  2. 2. おまわりさんとも朝のあいさつ
  3. 3. 何かあれば、寮にもダッシュ
  4. 4. でも、「お母さん」になってはいけません。
  5. 5. 世界中の文化をいっぺんに知れる。それが醍醐味

日本語教師って、ほんとのところどんな仕事?

学習指導や進路相談はもちろん、

学生それぞれの「カルテ」も作れば、

バイトの相談に体調管理、時にはトラブル現場に急行も。

世界各国の留学生を教えてきた、「なんでも屋さん」先生に聞いてみました。

 

 

<インタビューに答えてくれた先生>

松田直人(まつだなおと)さん

大学卒業時から昨年まで約12年、日本語教師として従事。日本語教育の第一人者である水谷信子氏に師事し、おもに中国、カンボジア、ベトナム、チリからの留学生に日本語を教える。空手の師範やスポーツインストラクターの顔も。

バイト先の“宿題”も!?

印象に残っている、ちょっと困った学生さんは?

よく物を失くしちゃう子がいましたねー。中国から入国した2日後にパスポートをなくし、その3日後に財布を落とし、外国人登録証も失くし、あげく警察に職務質問され、もちろん何も答えられず(笑)。

学校に電話が来て、私がお迎えに行きました。やっと無事に学校に通い出したと思ったら、今度はカバンを教室に忘れて帰っちゃう。どうやったら手ぶらで下校できるのか……謎です(笑)。

ある意味伝説ですね。

その一方、宿題以外のものを持って相談に来る子もいましたよ。十年くらい前のことですが、その頃は夜の仕事でお金稼ぐという目的の留学生がいた時代。でもそういう子ほど、マジメだし頭がいい。カクテルレシピを持ってきて作り方を教えて欲しいと言われたことがありました。私もお酒を作るのは好きだったので、レシピの内容は教えられたんだけど、メニューにはいちいちへんなネーミングがついていて、それはさすがに教えられませんでしたけど(笑)。

 

おまわりさんとも朝のあいさつ

学生の授業外のことにも気を配る仕事?

そうです。交通トラブルに巻き込まれてしまった学生もいました。学生が自転車で車と接触事故に遭ったというので急いで駆けつけたら、ドライバーが警察に「外国人が赤信号なのに飛び出てきた」と説明していて、すっかりその子が悪者にされていた。でもよくよく聞くと、学生が赤信号で止まっていたら、車が自転車にかすり、学生が転んだという。自転車が倒れている場所も横断歩道。どう考えても彼は悪くない。でも外国人が悪いっていう風潮が、やっぱりあるんです。

専門の人が来て、「これは車が悪いです」とやっと証明されて。

私、警察官に「この子に謝ってください」と怒りましたもん。学生のためには一歩も引かない、絶対守るって思ってましたから。警察は上司と一緒に謝ってくれました。

そのうち警察の人とも顔見知りになって、駅に着くと「先生おはようございます」「ごくろうさまでございます」と挨拶をかわす間柄になりました(笑)。

 

何かあれば、寮にもダッシュ

学生同士のトラブルも?

寮は異文化が集まる場所ですから、違う国の学生同士がぶつかることはあります。「勉強したいから静かにしてくれない?」と一人が言う。言われたほうは、「うるさくてゴメンナサイ」と謝るつもりが、日本語がまだうまく使えないから、「うるさいナイ」と言ってしまい、逆に怒らせちゃう。

自分の国、相手の国、日本と3つの文化があるわけですが、だいたい自分の国の文化や常識を優先してしまう。そこをわれわれが早い段階で、教えてあげられなかったことを反省しなくちゃいけない。

生活の中では、習慣の違いもあって、布団の上に平気でIHコンロが置いていたり、布団をめくると中から1万円がいっぱい出てきたり。これだってトラブルの種になりかねませんから、週に1回は部屋を掃除しよう、大事なものは片付けようというところから教えます。生活が学習に直結しますから。

生活指導も大事な仕事、と。

そうです。ある時、2週間も来ないという学生がいるというので、アパートに様子を見に行ったらチェーンがかかってる。もう、いやな予感しかありません。チェーンを切って中に入ったら部屋で寝込んでいて、「どうした!」って聞いたら、最初の1週間は、ただのさぼりだったんだけど、その途中に風邪を引いて動けなくなったって。生きていてくれて本当に良かった。

今は、2日来なかったら電話、3日たったら住まいに訪問というのが原則です。

 

 

でも、「お母さん」になってはいけません。

教師は、学生の親がわりのような役目もありますよね。

たとえば一人っ子で育ってきた中国人は、留学によって初めて身近な親の愛情が途切れるわけです。そうなると、誰かにかまってほしいし、甘えたい。

毎日、教師にその日にあった出来事を報告してくる子もいるし、時には「先生、お金が足りないんです……」なんて相談もある。お金は貸せないけど、じゃあアルバイトを一緒に探そうか、という具合に手助けをします。

ただ、われわれ教師のルールで、「学生のお母さんには、絶対なってはいけない」というのがあります。お母さんって、どこかで妥協して許してしまうでしょ?

小さなことでも許してしまうと、学生は想像を超えて来ます。宿題をしないどころか、手ぶらで学校に来る。教科書も開かない。だから、やっぱりそこはお母さんじゃなくて、教師でいなければなりません。

 

 

世界中の文化をいっぺんに知れる。それが醍醐味

出身国によって感性の違いを感じることも?

たくさんありますよ。日本語をアートのように親しむのがヨーロッパから来る学生。魚の漢字がいっぱい書いてある湯のみを持ってきて、「魚の種類を全部教えてください」というイタリア人や、作文をなぜか草書体(!)で書いてくるフランス人もいました。

親日の韓国人の女の子だと、「嵐のライブに行くために日本に来ました。先生も聴いてください」って。日常会話はヘタなのに、嵐の曲だけは、ちゃんとした発音で全部歌えるんですよ。なんだか、嵐の曲に負けたようで悔しいですよね。

一方で、日本語教師は、文化や宗教についても知っているべき?

はい。たとえばイスラム教を信仰するアラビア系の学生には、日本だとどこでハラール食品が買えるか、お祈りをするモスクはどこにあるかなどを教えてあげるのは我々の仕事です。宗教は彼らの生活に密接してますから、私たちも理解しなければいけないと思っています。

日常で、異文化を感じたことは?

しょっちゅうあります。たとえば、酒席での習慣で言うと、韓国の学生は、目上の人を敬うという文化があり、教師の目の前ではお酒を絶対に飲まないんです。お酒を注文してはいるけれど、こちらがどんなにすすめても飲まない。

いつ飲むかというと、教師がトイレに行ってる間。もしトイレになかなか行かない場合は、後ろを向いて口元を隠しながらこっそりと飲む。それに気づいてからは、なるべく私もトイレに行くようになりました(笑)。

でも、日本語教育の魅力は、こういうところなんです。世界中の未知の文化を目の前でいっぺんに見られる。こんな仕事はなかなかないと思います。

 


インタビュー : さくらいよしえ  / イラスト : 溝口イタル