広辞苑に新しい言葉が追加されています。追加されてることで言葉が変化していること、そして、新しい言葉が正式に認められるようになる事実が実感できます。
今回は新しい言葉の誕生について考えてみましょう
文:志賀玲子 講師
夫の赴任地からの帰国をきっかけに専業主婦から日本語教師に。
都内日本語学校にて数年間勤務後、大学院へ進学。大学院修了後、日本語教師養成講座講師、大学講師に。
現在、大学にて留学生教育の他、日本の学生への初年次教育及び日本語教授法等の科目を担当。
語彙の変化について
大学の授業で、語彙の変化について(日本の)学生と話していたときのこと・・・
「皆さんが生まれたころにはなくて、今では普通に使っている言葉は?」
「それな~」
「スマホ」
「ぴえーん」
「アプリ」
「ダウンロード」
思いつくものをすべて出し、どんなことから新しい言葉が生まれるかについて一通り考え、グループで共有してから、あるホームページを一斉に閲覧します。
どこのホームページかというと・・・岩波書店『広辞苑第七版』のホームページです。
2018年1月に『広辞苑第七版』が発売となりました。10年ぶりの改訂ということで当時話題になったことを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
岩波書店『広辞苑第七版』のホームページには、編集に関わった方たちの思いが溢れています。新しい言葉を集め、ひとつひとつの言葉について正式に掲載するかどうか議論を重ね、意味を明文化し、例文などを考え・・・・とても細かい、持続力が必要なお仕事だと、感服します。
さて、そんなホームページに、第七版に新しく加えられた言葉について書かれたページもあります。学生たちと一緒にこのページを見て、議論を始めます。広辞苑にも新しい言葉が追加されていることを確認すると、言葉が変化していること、そして、新しい言葉が正式に認められるようになる事実を、多くの学生が実感するようです。ほとんどの学生が、このページに載っている「新しい言葉」に夢中になり、「へえ~」とか「これって、昔からよく使っていた言葉じゃないんだ?」などと、つぶやきながら画面にくぎ付けになっています。
「上から目線」「自撮り」「婚活」「勝負服」「無茶振り」
う~ん、なるほど~。
「立ち位置」「美品」「いらっと」「戦力外」などもあります。
以前から使っていたのでは? と思わせるような言葉もありますが、何かのきっかけで使う人の裾野が広がったということなのでしょうか。
カタカナ語
カタカナ語もたくさんあります。
学生から出た、「スマホ」「アプリ」もあります。
「ブロガー」「クラウド」などももちろんあります。
技術の進歩に伴って私たちの生活も随分変わりました。当然、そこには新しい物や概念が誕生し、それを表す言葉が生まれますよね。
「エコバック」「フードコート」などにも納得します。
新しく『広辞苑』に載るようになった言葉を見ているだけで、世の中の動きを振り返ることができますし、忘れかけていた過去の状況を少し思い出すことができます。スマホがなくてどうやって生活していたんだろう? 友達と待ち合わせをするときは、今より厳密な約束をしたものだなあ、なんて・・・。
そして、改めて、言葉の意味というものを実感する時間となります。
「LGBT」や「マタニティ・ハラスメント」などのように、社会の意識の変容を語るものもあります。明確に言葉にすることによって、人々が気づいていなかった事柄に気づいたり、自己の認識を改めたりすることは多々ありますよね。言葉というのはやはり私たちにとって非常に大切なものです。言葉にすることによって、私たちは物事を認識することができ、そこに問題があることにも気づくことができるんですよね。
・・・そうそう、「ゲリラ豪雨」もありました!
確かに、私が子どものころには、いわゆる「ゲリラ豪雨」というものはなかったような気がします。体験した記憶がありません。ちなみに私は愛知県出身ですので、北国でもなく南国でもない気候です。夏の蒸し暑さには定評がありますが・・・・
「ゲリラ豪雨」はなかったかわりに(?)、夏の夕方には「夕立」というものが度々ありました。日中の熱い空気を一気に流してくれるような雨・・・・「ゲリラ豪雨」のように激しくなく、もっとやさしく、暑さを静かに洗い流すような・・・・・これって、思い出を美化しているのでしょうか?実際には、「夕立」なるものに長い間遭遇していませんので、どんなものだったのか思い出のみで語っていることをお許しください。
日本が亜熱帯化しているとは度々言われていることですが、「夕立」から「ゲリラ豪雨」というよく使う言葉の移り変わりからも、雨の降り方の変化がはっきりとあらわれるようですね。
夏の気候と言葉
さて、夏の気候についての話が続きますが、私が小学生の頃の、夏休み前の話をします。「教室の温度計が30度を超えたら体育はプールになる!」と担任の先生がおっしゃったところ・・・・みんなで、息を吹きかけ、温度計の針を上げようと画策していた光景を覚えています。・・・・・ということは、当時、7月であっても30度を超える日はあまりなかったということですよね。(くどいようですが、愛知県の話です。)
30度を超える日を「真夏日」と言いますが、当時「真夏日」は珍しかったということになります。今では考えらない状況ですね。あの頃の私たちは、「猛暑日」なんて想像がつかなかったと思います。35度を超えるなんて・・・。
「ゲリラ豪雨」という言葉が『広辞苑第七版』に載せられることになったということからも、気候変動が予測できるのですが、「真夏日」よりさらに暑い「猛暑日」という言葉はどうでしょうか。35度を超える日などなかったときには不要だった気象用語です。「コトバンク」によると、2007年から気象用語となったとのことです。気温が高くなってきたことが理由にあると述べられています。25度以上の「夏日」、30度以上の「真夏日」だけでは足りなくなってしまったということですね。
気候と言葉の関係
金田一春彦氏は著書『日本語』の中で、日本語の語彙の多さに触れ、新しい語彙をつくりやすいことに理由があると述べています。
確かに私たちはカタカナによって外国の言葉をいとも簡単に「外来語/カタカナ語」として日本語の中にとりいれますよね。また、意味をもつ漢字を組み合わせて新しい言葉を作ったり、さらにそこから省略語など作ったりします。
金田一春彦氏は、さらに、気候と言葉の関係についても述べ、日本語には特に雨に関する言葉が多いことも記しています。日本は天候が変わりやすく、昔から日本の人たちは絶えず天候のことを気にしながら生活していました。だから、会話の中でも天気のことを尋ねたり、感想を言い合ったりする場合が多いと・・・・・。季節の変化が明確なのも一因だということです。確かに、一年中気候にあまり変化が見られない地域では、あいさつのときに天気のことについて感想を言い合うという発想はないでしょうね。
「春雨」「五月雨」「夕立」「時雨」「菜種梅雨」「狐の嫁入り」、新しいものとしては「集中豪雨」「秋雨前線」など雨にまつわる言葉の例を挙げ、日本は雨が多い土地柄だということがわかると述べています。
だからこそ、気象用語にも敏感になるのでしょうね。
さて、2022年夏、例年になく早い梅雨明けとなり、気温が一気に上昇しました。各地で「猛暑日」が記録され、40度を超えたところ、40度寸前まで上昇したところなどが続出し、「危険な暑さ」という表現が使われていました。
いよいよ40度を超えることを表す言葉が誕生する日も近いのかもしれません。皆さんだったら、
40度を超える日に、何という名前をつけますか。
【参考】
広辞苑第七版 岩波書店
http://kojien.iwanami.co.jp/
「コトバンク」
https://kotobank.jp/
金田一春彦『日本語 新版』(上) 岩波新書