目次
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  1. 1. やさしい日本語
  2. 2. 「やさしい日本語」の授業
  3. 3. 「やさしい日本語」・・・留学生からのメッセージ

「やさしい日本語」という言葉をご存知ですか。

「やさしい日本語」とは、難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語のことを表します。

今回は、「やさしい日本語」にまつわる留学生と日本の学生についてのお話です。

文:志賀玲子 講師

夫の赴任地からの帰国をきっかけに専業主婦から日本語教師に。
都内日本語学校にて数年間勤務後、大学院へ進学。大学院修了後、日本語教師養成講座講師、大学講師に。
現在、大学にて留学生教育の他、日本の学生への初年次教育及び日本語教授法等の科目を担当。


やさしい日本語

「やさしい」と平仮名で表記するのは、「優しい」と「易しい」の両方の意味を含むためです。もちろん、漢字を使わないやさしさも含まれています。ご存知でない方は、自治体などのホームページの言語切り替えのところを見てください。英語、中国語、スペイン語などと並んで「やさしい日本語」という表示がある場合があります。ご自身の地域のホームページにない場合は、東京都や横浜市のホームページをご覧ください。「やさしい日本語」への切り替えが表示されています。そして、ぜひ、そこをクリックしてみてください。

日本語が苦手な人も含めて、多くの人に情報を伝えられる共通語としての「やさしい日本語」は、多文化共生時代に有効な手段となります。もともとは災害時に普通の日本語が通じない人たちへ情報伝達をするというところから生まれました。しかし、情報を伝達する必要があるのは、災害時だけじゃないですよね。ですから、今では、日常生活に必要な情報を伝える際にも「やさしい日本語」が使われるようになっています。また、日本語を母語としない人だけではなくて、母語話者が相手であっても、年齢や健康状態など様々な条件を抱えた人たちがいるので、「やさしい日本語」が役立つことがありそうです。

「やさしい日本語」の授業

さて、今回は、「やさしい日本語」にまつわる留学生と日本の大学生の話をします。私は、日本語教育を専門としていない大学生に対して日本語教育について伝える授業ももっています。日本語教授法についてごくごく基本的なことを学ぶ授業です。日本語を母語とする学生が主体の授業ですが、留学生が履修する場合もあります。

ところで、日本語教育でよく使われる用語にティーチャートークというのがあるのですが、ご存知でしょうか。これは、学習者に合わせて、教師が使用文型や使用語彙のコントロールをしながら話すというものです。このノウハウが「やさしい日本語」に応用できるんですね。また、「やさしい日本語」の考え方や使用は、多文化共生社会の実現に有効な側面があるため、私は日本語教授法の授業で「やさしい日本語」について学ぶ時間を作っているのです。

さて、「やさしい日本語」を授業で扱ったときの話です。先ほども書いたように日本の学生がほとんどなのですが、少数の留学生もいます。「やさしい日本語」を授業で学んだあとのある日、留学生のHさんから次のような話を聞きました。

「やさしい日本語」っていう概念を知る前に、それは、あの、なんか、日本の人たちはみんな知ってると思ったんですけど・・・・その簡単に話せる日本語を・・・。

既に知ってると思ったんですけど、実はみんな知らなかったんです、「やさしい日本語」を。

Hさんは「やさしい日本語」を授業で学ぶ前は、そういう概念があることや、用語があることを知りませんでした。でも、日本語のどのような表現がやさしいか、どのような言葉が難しいかということはわかっていて、当然、日本語母語話者の学生たちも理解しているものだと考えたそうです。しかし、実際は全然違いました。日本の学生たちは何がやさしいのか、何が難しいのかがわからなかったそうなのです。グループワークで話し合ったとき、日本の学生がわからないということに、Hさんは「びっくりした」ということです。

なぜ、日本の学生たちが「やさしい日本語」を知っているとHさんは思ったのでしょうか。尋ねてみたところ、次のような答えが返ってきました。

それは普通に日本語だから。なんか、あの、自分にとってこれは、あのー、なんか、こ

れは簡単かこれは難しいか分かるんですけど、日本語に対して。

日本人はこれが簡単か複雑か、やさしいか難しいかわからないんですよね。

ふむふむ・・・確かにそうかもしれません。自然習得した言葉に対して、私たちって鈍感なんですよね。習得過程で、この言葉が簡単か難しいかなんて、ほとんど考えていませんでしたし・・・。

そんな状態だったため、結果として、Hさんが日本の学生たちに日本語のやさしい表現についてレクチャーすることになったそうです。(「そうです」というのは正しくありません・・・。実は私もその現場を見ていました!)日本の学生は、Hさんから話を聞いて、日本語に対する新たな視点を得たようです。これは、母語習得と外国語学習の違いを考える材料にもなりますね。日本の学生が日本語そのものや自身の外国語学習について客観視することにもつながる可能性があります。留学生が日本の学生に刺激を与える一例です。

Hさんのレクチャーに、学部生はびっくりしていたそうです。まったく新しいことを聞いたかのような反応・・・・

例えばどんな説明をしたかについては以下のように語ってくれました。

 例えば、みんなは、「やさしい日本語」を勉強していたときは、漢字で書いた言葉は難しいって思ったみたいなんですけど・・・あの、例えば、「ペコペコ」とか「さらさら」とか・・・なんかそういう言葉、漢字がない言葉は、なんかとても難しいと思います。でもみんなは、そういう言葉が難しいとは思わなかったみたいです。

Hさんは、自分の体験から、意味や使い方がつかみにくかった言葉を例として挙げたのですが、Hさんが思う難しい言葉と日本の学生が予想する難しい言葉にはズレがあったそうです。

Hさんがあげた「ぺこぺこ」や「さらさら」と言う言葉をオノマトペと言います。擬音語・擬態語ですね。これは感覚的なことを表す場合が多く、生活の中で実感を伴いながら、周囲と共感しながら獲得していくことが多い言葉です。こういう言葉は、辞書だけではなかなか意味や使い方がつかめないため、学習者には難しいんですよね。

「やさしい日本語」・・・留学生からのメッセージ

さて、ここから「やさしい日本語」にからんで、Hさんがアルバイト先のコンビニエンスストアで、「外国人」とどのように会話をするか語ってくれたことを紹介します。

入ったばかりの時は、よく、日本人のスタッフの話を聞いて、あの、どういう言葉を使って接客するのかちゃんと覚えて、それから自分もその言葉を使って、お客様に伝える、っていうことをしました。でも、時々あの外国人のお客さんが来てくれて・・・最初は普通に、あの、日本人のお客さんと同じように接客するんですけど、ときどき日本語がわからないお客さんもいるから、そのときは「やさしい日本語」を使って話します。

先ほどの日本の学生とのエピソードからもわかるように、Hさんは意識的に日本語を学習してきたので、日本語を客観視できているんですね。また、学習者として日本語を段階的に習得してきたため、日本語の難易度がわかっています。そのため、相手の日本語力を推測して日本語の調整ができているようです。もちろんすべての留学生がこんな高度なことをできるわけではなくて、Hさんは相手の立場に寄り添って考える想像力があるからなのですが・・・。

しかし、日本語を意識して学習した人の強さがわかりますよね。母語話者としては習うべきことがたくさんありそうです。

さて、こんなHさんに、日本人が外国人に接する際のアドバイスをしてほしいとお願いしました。

外国人を接客する時に、なんか、あの、態度はもちろん丁寧にしたほうがいいですけど、

あまり多く話さない方がいいと思います。なんか、たくさん話すと、みんななんか、ちょっと、困るかも。ババって言われても・・・

実際、よくわからないときにババって(たくさんの言葉をはやく)言われると余計にわからなくなってしまいますよね。外国語で話されたときのことを想像すればすぐにわかるようなことだと思うのですが、みな、ついつい忘れてしまいます。

日本語を教えるときにも、特に新人の先生にはありがちなことです。学習者が理解していないと思うと、どんどん言葉をつなげてわからせようとしてしまう・・・・。親切心からくる行為なのですが、これはやめたほうが賢明です。

そういうときはいったんストップして、もう一度同じことをゆっくり繰り返すことをしてみましょう。それで理解できないようだったら、別の表現で、しかしあくまでわかりやすい表現でゆっくり言ってみましょう。

以上、「やさしい日本語」は、日本語を教えるときも、そして、多様な背景の人と接するときにも有効な手段となりますよ、というお話でした。