「レジ袋、ご利用いたしますか?」
先日、自宅近くのスーパーで店員さんから問いかけられた言葉です。
レジ袋が有料化されてから、このような質問はよくなげかけられますよね。
でも、この表現、何か違和感が・・・・
皆さんはいかがでしょうか。
今回は敬語について考えてみましょう。
文:志賀玲子 講師
夫の赴任地からの帰国をきっかけに専業主婦から日本語教師に。
都内日本語学校にて数年間勤務後、大学院へ進学。大学院修了後、日本語教師養成講座講師、大学講師に。
現在、大学にて留学生教育の他、日本の学生への初年次教育及び日本語教授法等の科目を担当。
敬語について
皆さんは、敬語についてどのような考えをおもちですか。
一般の人は敬語に関してどう感じているのでしょうか。平成27年度「国語に関する世論調査」の報告を見てみましょう。
「敬語はどうあるべきだと思うか」という質問に対しての答えです。
・「敬語は伝統的な美しい日本語として、豊かな表現が大切にされるべきだ」の考え方に近い
・「新しい時代にふさわしく、敬語は簡単で分かりやすいものであるべきだ」の考え方に近い
・どちらとも言えない
平成27年度「国語に関する世論調査」の報告
平成27年度「国語に関する世論調査」の報告には、平成9年度、平成16年度、平成27年度の調査結果が示されているので、この間の変化がわかります。
「敬語は伝統的な美しい日本語として、豊かな表現が大切にされるべきだ」の考え方に近い
と答えた人は、
46.9%(平成9年度) ⇒ 53.6%(平成16年度) ⇒ 64.1%(平成27年度)
というように、増加傾向にあります。
「新しい時代にふさわしく、敬語は簡単で分かりやすいものであるべきだ」の考え方に近い
と答えた人は、
41.4%(平成9年度) ⇒ 33.6%(平成16年度) ⇒ 26.1%(平成27年度)
というように、減少傾向にあります。
つまり、この調査を見る限り、敬語を大切にするべきだという人が増えている、と言えるようです。コミュニケーション力の大切さが声高に叫ばれる昨今、敬語への意識も高まっているということなのでしょうか。
令和元年度の調査
また、令和元年度の調査では、敬語に関する言葉づかいについて、その印象を尋ねています。
(1)先生は講義がお上手ですね
(2)就職はもうお決まりになったのですか
(3)誠に申し訳なく、深く反省させていただきます
(4)規則でそうなってございます
(5)昼食はもう頂かれましたか
(6)お客様が参られています
(7)お歩きやすい靴をご用意ください
(8)こちらで待たれてください
皆さんは上の表現について、どうお感じになりますか。
文化庁の調査では、全ての項目において、過去(平成10~12年度)と比較して違和感を持つ人が多くなっているということでした。
特に違和感を持つ人が多いのは(4)で、81.5% の人が「気になる」と答えています。
(6)(7)(8)についても、78%以上の人が「気になる」と答え、(5)も67.5%の人が「気になる」と答えています。
文法的に問題がなくても「話の内容が適切ではない」?
言葉というものは変化しており、ある意味流動的なものです。また、人によって感性も異なりますし、言葉によって人の言動が縛られる必要は必ずしもあるわけではありません。ですから、厳格になりすぎることはないと私自身は考えています。しかし、現時点での規範的な立場から見ると、上の8つは問題があると考えられることが多いようです。
さらに、ちょっと踏み込んで考えてみましょう。
例えば、(1)について、皆さんはどうお感じになりますか。
この表現は、文法的に問題はありません。しかし、文法的に問題がなくても「話の内容が適切ではない」と判断されることが多いようです。このように言葉づかいに関しては、文法的な要素だけではなく価値観が関わってくる場合もあります。そのため、使い方の正否を決めるのは難しい問題であることも確かですね。
謙譲語を尊敬の形にするという表現が持つ違和感
さて、(5)(6)のように謙譲語を尊敬の形にするという表現は、やはり違和感を持つ方が多いようです。
「頂く」も「参る」も謙譲語に当たるため、基本的には「私」の動作に使います。もちろん「ウチの関係」に当たる人の動作にも使いますが、あくまで「謙譲」の言葉なので、二人称や三人称(ウチの関係ではない)には使いません。「頂かれる」や「参られる」は、形としては尊敬の形になっているように見えますが、そもそも謙譲の言葉を尊敬の形に変えるという矛盾を含んだ表現になってしまいます。謙譲と尊敬を明確に区別していないゆえの表現ですが、違和感を持たれるのを避けたいのであれば、使わないことをおすすめします。
謙譲と尊敬が混乱している様子は、次のような文言にも見られます。
「こちらからの案内が届きましたら、当方へご連絡してください」
上の文言で、どこかに違和感を覚えますか。
いかがでしょうか。
「当方へご連絡してください」という部分に引っかかる人がいらっしゃるのではないでしょうか。
似たような表現は度々耳にします。
「ここがわからないのですが、(私に)ご説明してください」
「すべてのご記入がおわったら、(私に)お渡ししてください」
①「当方へご連絡してください」
②「(私に)ご説明してください」
③「(私に)お渡ししてください」
この3つは、やはり、尊敬表現の作り方と謙譲表現の作り方が混ざってしまって起きているようです。
動詞を謙譲の形に変える方法があるのですが、みなさんすぐに頭に浮かびますか。
・・・「お/ご~する」という形にあてはめる方法があります。
例えば、「連絡する」「説明する」「渡す」は、「ご連絡する」「ご説明する」「お渡しする」という形にすると、謙譲の意味になります。
本来、これは、「私/ウチの関係に当たる人」が、「対話の相手」や「第三者」に対して行う行為を示す場合に使う表現となります。目的は「対話の相手」と「第三者」への敬意を表すことです。
「ご連絡してください」の「し」は「する」が活用した形ですので、もともとは「ご連絡する」という形の表現です。つまり、謙譲の形であるわけです。相手が自分に対して連絡する場合にこのような謙譲の形を使うということは、結果的に自分を高めてしまうことになります。違和感を持たれるのが嫌な方は避けた方がよさそうですね。
この場合、
①は、「ご連絡ください」と言えば、問題はありません。これは尊敬の形になりますので、相手に対する敬意を示すことになります。
同じように、
②→「ご説明ください」
③→「お渡しください」
とすれば、説明する本人、渡す本人への敬意を表すことになります。
もちろん、自分が主語になる場合、「(私が)お渡しします」「(私が)ご説明します」と言うのは全く問題ありません。正しい謙譲の表現となります。
④「次の電車には、ご乗車できません」
では、④はどうでしょうか。この文言、ときどき耳にします・・・。
「ご乗車できる」というのは可能の形になっていますが、可能ではない普通の形にすると「ご乗車する」となります。これは、「ご~する」という形で、先に説明したように謙譲の意味になってしまいます。
一方で、「お/ご~になる」という形で、尊敬の意味を表すことができます。この形にあてはめて「ご乗車になる」という形にすると尊敬の意味となり、お客さまの行為を表すのに適しています。
これを可能の意味に変え、さらに否定形にすると・・・・
「ご乗車になる」→(可能)「ご乗車になれる」→(否定)「ご乗車になれない」
つまり、④は「ご乗車になれません」とすれば、正しい尊敬の表現となります。
最後に
ここで冒頭の表現に戻りましょう。
「レジ袋、ご利用いたしますか?」
「いたす」というのは謙譲語にあたります。「お/ご~いたす」は、さきほど紹介した謙譲の表現「お/ご~する」と同じ働きをする表現となります。「いたす」を使ったほうが、敬意がやや高まりますが・・・。
ということは、「ご利用いたします」というのは謙譲の形となるため、お客さまの行為に対して使うのは不適切だということになります。
この場合、どのような表現にすればよいでしょうか。
・・・・はい、そうです。「ご利用になりますか」がよいかと思います。もちろん「利用されますか」なども問題ありません。
最後に・・・・
私たちの言語活動が言葉によって制限され、がんじがらめになること自体に反感を抱く方もいるでしょう。また、言葉は変化し続けているものなので自然な使用を是とする方もいらっしゃるでしょう。それぞれの方のスタンスは、それぞれの方が選ぶべきものだと思うので、強制する意図は全くないことを最後に付け加えておきます。
今回、正しいとされている敬語を使いたい、違和感をもたれたくない、と思っていらっしゃる方に向けてこの文章を書きました。もっと詳しく知りたい方は、是非、文化庁「敬語の指針」をご覧になってください。
【参考】
文化庁「敬語の指針」(平成19年)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/keigo_tosin.pdf
文化庁(平成27年度「国語に関する世論調査」の結果の概要)
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h27_chosa_kekka.pdf
文化庁(令和元年度「国語に関する世論調査」の結果の概要)
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/92531901_01.pdf