目次
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  1. 1. 転機は、空手道場にやってきたアメリカ人
  2. 2. 日本語教育の第一人者、水谷信子氏から学んだこと
  3. 3. 留学生の多くは苦学生
  4. 4. 学生の「居眠り」が教材に!?
  5. 5. 学生ひとりひとりに作った「カルテ」
  6. 6. わからないことは調べてフィードバック

日本語教師って、ほんとのところどんな仕事?

学習指導や進路相談はもちろん、

学生それぞれの「カルテ」も作れば、

バイトの相談に体調管理、時にはトラブル現場に急行も。

世界各国の留学生を教えてきた、「なんでも屋さん」先生に聞いてみました。

 

 

 

<インタビューに答えてくれた先生>

松田直人(まつだなおと)さん 34歳

大学卒業時から昨年まで約12年、日本語教師として従事。日本語教育の第一人者である水谷信子氏に師事し、おもに中国、カンボジア、ベトナム、チリからの留学生に日本語を教える。空手の師範やスポーツインストラクターの顔も。

 

 

転機は、空手道場にやってきたアメリカ人

日本語教師を志したきっかけは?

私は大学時代、空手を教えていたんですが、ある日、道場生の家にホームステイしているアメリカ人が習いに来たんです。その時、日本語について色んな質問をされたんですが、これがなかなか難しい。

たとえば、「『電車に乗る』と『電車へ乗る』はどう違うの?」。残念ながら答えられませんでした。

もともと私は、高校時代から欧米で働きたいという夢があって、大学では言語学を専攻していたんですが、彼に会ったことで、「日本に来ている外国人は日本語を一生懸命学んでいる。私は、英語を中途半端に学んでいる」と思うようになって。そこから思い切って専攻を日本語教師のコースに変更したんです。

やるなら徹底的にやろうと大学院に進学し、日本語教育学を専攻しました。

そこで、アメリカで日本語を広めた第一人者である水谷信子先生(1953年から英語国民に対し、日本語教育にたずさわった日本語教育学者)のもとで学びました。水谷先生の教え子で、日本語教育に携わっている中では、一番最後の学生だと思います。

 

 

日本語教育の第一人者、水谷信子氏から学んだこと

水谷先生に教わったことで印象的なことは?

「それ楽しい?」っていう一言は強烈に残っていますね。

日本語の授業の教案を、水谷先生にチェックしてもらうんですが、「その授業は、本当に楽しいですか?」って聞かれる。

「楽しくはないと思います。でも、文法を覚えるのにはいいと思います」と答えると、「じゃあ、あなた、つまらない英語の授業で何か覚えた?」って。

「まず、自分が楽しまないと学生も楽しまない。楽しまないと覚えないし結果も出ない。授業は、つねに気を張っている状態ではなくて、1問は楽しく気持ちをゆるませるものを入れなさい」と。

留学生の多くは、アルバイトをして生活しています。勉強もして、バイトもして、進路も考えなくてはいけない。そんな大変な状況の中だからこそ、楽しいことが授業にあったほうがいい。

 

留学生の多くは苦学生

印象に残っている学生は?

授業開始は朝9時なのに、7時半には入り口で本を読んで待っている中国人学生がいました。本人は「バイトが終わってそのまま来た」って言うんだけど、授業が終わったあとも夕方までずっと残って勉強している。

その子の出身は中国でもすごく田舎で、生活水準が低く、他のみんなには負けられないっていうのがあったんですね。

日本で大学に進学し、卒業したらすぐ就職するという、いわば出稼ぎに近い留学。「家族総出で見送られて来た」と。だからすごく努力しているし、勉強だけでなく受験や面接のこと、将来の仕事についても長期で相談に乗りました。

恩師の1人でもある柳澤好昭先生からは、日本語教師は「言語屋さんではダメ。なんでも屋さんじゃなきゃいけない」とも教わりましたし。だから、彼が大学に合格した時は、本当に嬉しかったですね。

 

学生の「居眠り」が教材に!?

そんな水谷先生の教えである「気持ちをゆるませる授業」も実際に?

やりました。私は、授業中に寝ている学生の写真を撮ることにしていました(笑)。

本人には、「明日これを使うね」と強制的に許可を取って、「この写真は◯◯さんです。彼女は昨日、授業中に寝ていました」という例文を使って授業をやる。

教室がワッと湧いて、学生たちの心がふっとゆるむのがわかります。

またある時、女子学生が、教室の扉を元気よく開けて笑顔で「失恋します!」と言って入って来たんです。ずいぶん明るく「失恋」なんて言うなあと感心しながら、「誰に失恋するの?」って聞いたら、きょとんとしている。

どうやら、彼女は「失礼(シツレイ)します」と言っているつもりだった。

確かに発音、似ていますから。私が間違いを指摘したら、彼女は顔を真っ赤にして、「ずっといろんな場所で、シツレンシマスと言ってマシタ……」と。

こんな可愛い間違いも、授業の(気をゆるませる)テーマになるかもしれません。

学生ひとりひとりに作った「カルテ」

学生を指導する中で、松田先生があみだしたことは?

当たり前のことですが、まず、叱ったら次は必ず褒めること。宿題をやってこなかったけど、授業中は声を出していた。そしたらそこを褒める。書くのは嫌いだけど話すのは得意だって子もいるんです。私自身、英語は書くのが苦手だけど、話すのは好きでしたし。

私のクラスの学生は、ひとりずつカルテを作り、そこにそれぞれの得意不得意を書き込んでいました。

カルテ!?

名前と入学の時期、出身国の住所。地域によって発音の違いがあり、同じ中国人でも上海と北京だと、方言を使うと会話が通じない。苦手とする発音も場所によってぜんぜん違うんです。それから定期テストの点数や、進路をどこまで考えているか、何か変わった出来事があればそれも記録する。そのカルテがあれば、もし非常勤の先生が急に授業に入っても、学生ひとりひとりのことがわかりますから。

そんな個々の指導で、成績がぐんと伸びる子も?

いましたね。日本語能力試験N2が不合格だった中国人学生がいたんですが、第一希望の、東京大学大学院に見事入りました。やるときにはやるというマイペースな努力が功を奏したんだと思います。

自分を追い込む勉強は、ダメなんですよ。危機感や親からのプレッシャーで、張り詰めて勉強していると1ページも進まない。考えすぎてしまい手も頭も動かない。そういう様子を見た時は、教科書を取り上げて、「今日はもう帰りなさい。バイト先にも先生が電話しとくから。今日は何も考えないで、とりあえず寝よう」ということもありました。

 

わからないことは調べてフィードバック

進学や就職については、具体的にどんなサポートを?

大学院と難関校の進学クラスを担当していた時は、学生が持ってくる専門的な英語の論文を読み、わからない言葉は医学書で調べたりしました。マニュアルがまったくない世界なので、私自身、手探りでしたが、学生と同じ目線で一緒に考えるっていうことを第一に考えていました。

また就職では、学生が希望する企業がそもそも外国人の募集をしているか、過去に採用実績があるかを問い合わせます。

応募要項には書いていなくても、外国人という理由だけで書類選考で落とされてしまう。学生にとっては、履歴書を書くのも大仕事。それを無駄にはしたくないですから。

進学や就職と一口に言っても個人の希望は細分化されています。

「私は、こういう漫画を描く勉強をしたい」とか「お琴を大学で学びたい」とか。どんな道があるのかを、まず一緒に調べる。教師は本当にいろんなことを知ってないといけないし、もし知らなければ調べてフィードバックするのが仕事だと思っています。

 

 

<後編に続く>


インタビュー : さくらいよしえ  / イラスト : 溝口イタル