日本人には気づけない。
不思議で面白い日本カルチャーをあらためて教えてくれるのはいつだって外国人。
そして、そんな留学生の悩みや疑問をまじめに受け止める日本語教師。
国境を超えた学生と先生のほのぼの学校生活から、ニッポンを新発見。
<インタビューに答えてくれた先生>
祝聡子(いわい・さとこ)さん
高校時代にカナダに留学。ホームステイを経験し、外国人とかかわる仕事を目指す。明治学院大学在学中から日本語教師になるための勉強を始め、卒業後、資格取得。2013年から、国内外で多くの学生に日本語を教える。
学校はちっちゃい国際社会
——色んな国の学生さんがいますが、先生が教室で気をつけていることはありますか?
「席を決める時は、同じ国の学生同士が並ばないようにします。いつも仲間に助けてもらっている子でも席が変わると、なんとか他国の子と自分の力でコミュニケーション取ろうとチャレンジしますから」
——いやおうなく、がんばるしかない席順。
「そう。これは国籍に関係なく個人の性格なのですが、自分から積極的にクラスメートと交流する子もいれば、同じ国の子としか話さない子もいます。コミュニケーションって意味では、日本語学校がすでにちっちゃい国際社会です。ここでさえ交流ができないと、日本で進学したり、ましてや働くなんてできないよって。日本人なら(外国人の話す日本語を)なんとか汲み取ろうとしてくれるかもしれないけれど、そうではない他国の人と接することだってきっとあります。そのためには今からですよ、と。
特に、親にお金を出してもらって、なんとなく留学して来た若い子だと、『どうして日本に来たんですか?』って聞いても、『なんか好きだから』と、目的がはっきりしない。で、いつの間にか学校も休みがちになってしまう」
ちゃんと、正しくかまってあげること。
「そういう時は、『週に何回だったら来られますか』と聞きます。3回って言ったら、『じゃあ、約束ですよ』と。すると、ちゃんと本当に来るんですよ。得意そうな顔で(笑)。
たぶん、かまって欲しいんです。母国から離れて寂しい思いをしている子は、ちゃんとケアしてあげるのも教師の役目かもと思います。『よく遅刻しないで来ましたね。私はあなたのことを見ていますよ』と伝えること。とにかく褒めること、これが大事です」
——頑張っていてもなぜか伸び悩むってことが、どんな勉強にもありますが?
「その場合は、だいたい何かやり方に原因があります。同じ単語をひたすらノートにびっしり書いていたり。じゃあ、今度はその言葉で例文作ってみようか。その次は、友達としゃべってみようか、と少しずつ生きた日本語へ導くようにします。そういう子はもともと努力家だから、素直に聞いてくれたら伸びはじめます」
——一人ひとりを正しく「かまって」あげることが大事、と。
「私、社会人経験のある同世代の学生に、アドバイスされたことがあるんです。『教えるのが上手で厳しい先生より、教えるのはまあまあでも優しい先生の方が絶対学生にとってはいいですよ』って」
素朴すぎて答えられないクエスチョン
——勉強以外ではどんな質問を受けますか?
「ちょっと笑ったのは、『どうして日本の子供はすごく日焼けしてるのに、大人になるとみんな色が白いんですか』って。えっ、それ私に聞く?(笑)」
——子供は海やプールが大好きだけど、大人は日焼けと熱中症が恐怖で色白に……。
「まさに。あとは、『日本の働く女性は、どうしてカバンを2つ持ってるの? あの小さいカバンには何が入ってるんですか』と。どうやら、お弁当箱が入ってるミニバッグが気になるようで。そうか、これは日本特有の文化なんだなって。
こんなこともありました。『先生、日本のタクシーは可愛いですね』とスイスから来た学生が言うんです。『運転手さんは普通のおじさんなのに、車の中にレースのカバーがかかっていて可愛い』と」
——確かに、ファンシーなレースがシートにかかってます(笑)。意外な着眼点が、日本人としてはちょっと嬉しいです。
外国人は「おしん」が好き
「留学生は日本のドラマが好きです。もっとも海外でよく観られているのは、なんだと思います? 『おしん』です」
——なんと。昭和の名作が、令和の今も外国人の心をとらえているとは。
「日本が先進国というのは当然知っていても、汗水流してひたむきに働く日本人の姿は外国人にとっても印象的なようで、まだあの時代の世界がどこかにあると思って来る人もいます。あとは、香取慎吾がベトナム人青年を演じた『ドク』なんかも有名ですね」
——アニメはどうでしょう。
「みんな大好きです。特に『NARUTO−ナルト−』はすごいファンが多い。突然、アニメ声で話し始めたり、女の子なのに『オレはさあ』って言い出したり。全部、アニメの影響です」
——アニメやドラマを通して、日本を学ぶことは多いかも。
「そのせいか、学生たちは話し言葉の微妙なニュアンスも、よくわかっているんですよ」
「今、先生の心のドアが開きました!」
「ある時、それまで常に丁寧形の『ですます調』で授業をしていた私が、うっかり『みんな出来たー?』と呼びかけたんです。そしたら学生が、『先生、初めて普通形で話しましたね』ってすごい喜んで。普通形っていうのは、いわゆる親しい相手と交わすタメ語のことなんですが、学生はちゃんと(言葉の持つ距離感を)わかっていたんだって。
『先生、これからも、普通形でお願いします』って。それからぐっと距離が縮まりましたね。教師としては、丁寧形であるべきなんですが、これも大切なことなのかなと思います」
——日本人のここ(胸)にはドアがある、と悩んでいる留学生の話がありました。
「まさに言葉の使い方一つ。『今、先生の心のドアが開いた』と感じたみたいです」
——オープン・ザ・心のドア。日本語の奥深さをまた新発見です。
インタビュー : さくらいよしえ / イラスト : 溝口イタル