留学生が戻ってきました~!
あちこちの大学に留学生が戻ってきています。
交換留学制度なるものも復活しています。
もちろん、日本語学校への留学生も! 本当に嬉しいですね~!!
コロナによる来日学生の減少・・・本当に長かった・・・
正規の留学生はもちろんですが、ようやく交換留学など短期の留学生も受け入れることができて、ほっとしている大学や教員も多いのではないでしょうか。
今回は交換留学生のお話をしたいと思います。
交換留学生の話になると、たびたび思い出す印象的な出来事があるのです。
文:志賀玲子 講師
夫の赴任地からの帰国をきっかけに専業主婦から日本語教師に。
都内日本語学校にて数年間勤務後、大学院へ進学。大学院修了後、日本語教師養成講座講師、大学講師に。
現在、大学にて留学生教育の他、日本の学生への初年次教育及び日本語教授法等の科目を担当。
二人の交換留学生
・・・何年か前のことです。
交換留学生としてヨーロッパのある大学から学生を受け入れました。
英語圏ではないヨーロッパのX国のX´大学所属の学生です。
授業が英語で行われている、いわゆる英語プログラムの学生でした。
ですから、英語でのコミュニケーションには問題がありません。
同じ大学から二人の学生が同時にやってきて・・・
嬉しいことに二人とも日本語の勉強をしたいと言います。
そして、私たちの授業をとることになりました。
その二人はまったくゼロからのスタートで通常の授業についていくのが大変だったため、補習も行うことになりました。
そして3か月が経過・・・果たしてその二人の日本語力はどうなったかというと・・・
まさに「雲泥の差」と言うのがふさししい程の状況となっていたのです。
近くで二人の学習の様子を見ていた私ともう一人の担当者の感想は「当然そうなるでしょうね~」
どういうことでしょうか?
途中から、そういう結果になるだろうということは目に見えていたんですね。
二人の学習への取り組み方が全く違ったのです・・・
そしてこの二人を間近で見ていた私は、「外国語学習に必要なこと」について、実感を伴う大きな学びを得ることとなりました。
自然に身につく母語習得との違いとして、外国語学習は「意識的」に行われる、ということがよく言われます。
もちろん私もその認識はありましたが、こんなにはっきりと表れる事例が目の前で展開されたことに大変驚き、少々興奮したことを覚えています。
二人の取り組みの違いについて
二人の取り組み方の違いはざっとこんな様子です。
仮にここでは二人をAさん、Bさんとします。
AさんとBさんは、年齢もほぼ同じ、性別も同じ、専攻も同じでした。
そして日本語がゼロからのスタートというのも同じ・・・
つまり、同じような条件でスタートラインに立ったわけです。
Basic Japaneseクラスに入ったのですが、他の学生たちは少々学習を進めていたため、二人の交換留学生むけにフォローアップの補習を行いました。
二人を前にして補習を行うのですが・・・・
プリントを使っての練習もしました。
何と答えてよいかわからないとき、Aさんは教材の該当箇所を探し、そのまま写して答えを書きます。そして、さっさと次に進んでいきます。だから早いんです・・・・・・。驚くほどのスピードで進んでいきます。特に振り返りもせず、とりあえず目の前のものをどんどんこなしていく感じです。
一方でBさんは・・・・
まず、自分で考え、思い出そうとします。そして、自力ではなく教材を見て答えた場合は、何度かその言葉/文字をノートに書き、再度目隠し状態で問題にチャレンジします。
そうやって、しっかりと覚え、定着しているかどうかを自分で確認しながら進めていくのです。教材の該当箇所を閉じ、自分で考え、書き、確認する、ということを繰り返していました。
声を出すのにも積極的で、何度も口に出しては、私たちのほうを見て「大丈夫?」という顔をして助言を求めてきます。それに、私たちの発話を、口元を見ながら、とても熱心に聴いているのです。
そして、何度もリピートします。さらに、実際に使ってみようとします。
Bさんのそのような姿を横目で見ながら、AさんはAさんで自分のやり方で進めていきます。ただひたすら先に進めることに一生懸命なのです。
でも、Aさんのやり方だと、なかなか日本語を身につけるができないんですよね。Bさんのやり方が自分のやり方と何が違うのか、Aさんはおそらく全く気にしていなかったと思います。というより、気づいていなかったのかもしれません。
外国語を意識的に勉強した経験
しばらくして、Aさんについて新しい情報が入ってきました。
実は、私たちは、二人はX国の学生でX語が母語だと思っていました。
これはX国の大学所属だというところから勝手に判断した早とちりでした。
実は、Aさんは英語圏出身の学生で、留学生としてX国の大学に入り勉強しているということらしいのです。留学先のX国から日本に交換留学生としてやってきた、というわけです。
なんと、英語が母語だという事実・・・
冒頭でも書きましたが二人はX´大学の英語プログラムの学生です・・・
この意味、わかりますか?
つまり、BさんはX語が母語ですが、英語プログラムで専門が学べるレベルまで英語を身につけた人です。他にも外国語学習の経験があると話してくれました。
Bさんは、母語ではない「外国語」を意識的に勉強して身につけた経験があるのです。
意識的に努力しないとなかなか外国語を身につけることはできないことを知っています。
一方Aさんは・・・
英語母語話者が英語プログラムのコースに留学しているわけなので、留学生といっても、言語的には強い立場にいるわけです。
聞いたところ、外国語はほとんどできないとのこと・・・
X語は日本語よりできないとのことでした・・・
おそらくAさんは、外国語を身につけるには相応の努力が必要だということを理解していなかったのだと思います。母語と同じように、その言語に囲まれていれば自然に身につく、くらいに思っていたのかもしれません。
外国語を習得する必要性をそれほど強く感じていなかったというのも大きいかもしれません。
外国語を身につけるために大事なこと
日本語のコースを組み立てるときに、ニーズ調査、レディネス調査というものを行うことがよくあります。
ニーズ調査とは、どのような日本語が必要か、どの項目に力を入れたいのか、どのレベルまで学習したいのか、などを尋ねるものです。
レディネス調査とは、これまでどのように日本語を学習してきたのか、どのくらい学習してきたのか、どんな教材を使ってきたのか、などを尋ねます。その中で、「外国語学習経験」について聞くことがあるのですね。
もちろん私も知っていましたし、理由もわかっているつもりでした。
しかし、私はAさんとBさんの様子を目の当たりにして、「外国語学習経験」を尋ねることの意味がとてもとてもよくわかったのでした。
「そうなんだ~!!こんなに影響があるんだ~!!」
日本語教授法を専門としている私にとっては、とっても大きな学びとなりました。
Aさん、Bさん、改めてお礼を言います。どうもありがとうございました!
母語の言語体系が身についてから外国語学習をする場合、やはり意識的に努力することが学習の効果に影響を与えるのですね。
外国語を身につける最も効果的な方法は現地に行くこと、という文言も聞きますが、ただ行くだけではなかなか身につけられないことは明らかです。
どのように現地の社会とかかわるか、どのように現地の人と接するか、そして何よりその言語を身につけようという意欲と意識的な努力が大切なようです。