目次
[ 非表示 ][ open ]
  1. 1. 日本語指導が必要な児童生徒
  2. 1. 文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」について
  3. 2. 多様なバックグラウンドをもつ子どもたち
  4. 3. 子どもの「日常会話」と「教科学習の言葉」
  5. 4. 子どもの成長に大きな役割をもつ言葉

2021年5月10日、日本経済新聞朝刊に、外国籍の子の日本語教育に関する記事が掲載されました。経済新聞のトップ記事として取り上げられたことは、ようやく日本社会が外国籍の子の日本語教育に関心を示すようになってきたことのひとつの現れだと言えるでしょう。
子どもの日本語教育については、制度や法律等の構造的な問題、日本語教育と教科学習との融合、教育にあたる人材の育成、周囲の人々の理解等、さまざまな問題を含んでいます。
今回は、「子どもの日本語習得」について是非知っておいていただきたいことをお伝えします。

文:志賀玲子講師

日本語指導が必要な児童生徒

文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」について

みなさん、「日本語指導が必要な児童生徒」と聞いて、どのような子どもたちを思い浮かべますか。

文部科学省は、「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」を行い、結果を公表しています。

(参考:https://www.mext.go.jp/content/1421569_002.pdf)

この中には、「1 日本語指導が必要な外国籍の児童生徒数」の報告があります。

これは、多くの方が予想していたものかもしれません。「ふむふむ、外国籍の人が増えているという情報はよく聞く。当然子どもたちも増えているだろう」と思っていらっしゃる方も多いでしょう。

ところがその先に目を進めると、「3 日本語指導が必要な日本国籍の児童生徒数」というグラフも載っているのです。外国籍の子どもはわかるけど、日本国籍の子ども??? しかもその数は、年々増えているようです。?マークが頭を駆け巡っている方もいるかもしれません。

多様なバックグラウンドをもつ子どもたち

さて、日本の多文化化について、人によって捉え方は様々なようです。

「日本はとうの昔から多文化社会だ」と言う人もいれば、「日本はまだ多文化社会じゃない」と言う人もいるかもしれません。この話に入ると別の複雑な議論になってしまうので今回は深入りしません。いずれにせよ、多様なバックグラウンドをもつ人々がこの日本社会で共に生活しているという現実が、「日本語指導が必要な児童・生徒」の増加という現象、しかも「外国籍」の子どもも「日本国籍」の子どももいるという事実に現れていると言えます。

日本国籍をもち、日本語を母語とし、身体的にも日本列島に代々住む人の遺伝子を備えた多くの「日本人」は、「日本国籍=日本語母語話者=日本人的風貌保持者」という図式で捉えがちなようです。しかし、必ずしもそうではないことは、「日本語指導が必要な日本国籍の児童生徒数」の数を見れば明らかです。

子どもたちの日本語指導を考えるとき、その子たちの背景には一言ではくくれないさまざま状況があることを、まず、周囲の大人たちは認識する必要があります。

子どもの「日常会話」と「教科学習の言葉」

ところで、子どもの言語習得について皆さんはどのようにお考えですか。「子どもは言葉を覚えるのが早い」とはよく聞く文言ですよね。来日した家族の中で、子どものほうが親より先に日本語を話せるようになった、というのはよく耳にする話です。子どものほうが柔軟性も高く、新しいことを吸収する力が強いというのは、言葉以外の面でもよく聞かれることですよね。一般的に、学校などに通って日本語環境の中に入った子どもたちは、1~2年もすると特に不自由なく日常的な会話をするようになります。多くの大人はこうした姿を見て、安心してしまいます。「安心してしまう」と表現したのには理由があります。これは、注意すべき認識であり、ときに早合点にすぎない可能性があるためです。

子どもたちが友達同士で繰り広げる会話はどのようなものでしょう。皆さんご自身の日常的な会話を振り返ってみてもかまいません。今朝起きてから今まで、家族や友人と交わした会話を思い出してみてください。どのような内容の会話を、どのような言葉を使って、交わしてきましたか。

ここで、中学校3年生の友達同士の会話を想像しながら、以下の文章を読んでください。これは、都立高校の入試問題、社会科の問題文の一部です。

—————————————————————————————————–

世界各国では、株式会社や国営(こくえい)企業(きぎょう)などが、利潤(りじゅん)を追求するなどの目的で誕生してきた。

人口が集中し、物資が集積する交通の要衝に設立された企業や、地域の自然環境や地下資源を生かしながら発展してきた企業など、企業は立地条件に合わせ多様な発展を見せてきた。

我が国の企業は、世界経済の中で、高度な技術を生み出して競争力を高め,我が国の経済成長を支えてきた。今後は、国際社会において、地球的規模で社会的責任を果たしていくことが、一層求められている。

「令和3年度都立高等学校入学者選抜 学力検査問題及び正答表」より

—————————————————————————————————–

いかがですか。友達との会話ができるようになればこの問題文を理解することは可能だと言えるでしょうか。

日常的な会話で使う言葉は、目に見える物の名前や具体的な動作などを表すものが多く、場面や状況からの推測や判断により理解できるものが少なくありません。「このケーキ美味しそう!」「おにぎり食べたい」「ゲームをしよう!」などのように・・・。

しかし、先ほどの問題文を見てください。「利潤を追求する」「物資が集積する交通の要衝」など、とても抽象的な言葉が多いことに気づくでしょう。また、内容を把握するためには単に言葉を覚えるだけではなく、その概念の理解が大切だということもおわかりいただけるかと思います。そして母語話者であれ、この理解には学習が必要だということについて、改めて認識できるのではないでしょうか。

先ほどの質問を繰り返します。日常会話に事欠かなくなった子どもは、教科学習についていけるでしょうか。

子どもの成長に大きな役割をもつ言葉

子ども時代は、心と体と脳がともに大きく成長をとげる大切な時期です。言葉もこの成長に大きな役割を果たします。成長するにしたがって子どもたちの悩みは増え、考える事柄や内容が多様化、細分化し、伝えたいことが複雑化します。教科の内容理解にも、抽象的な概念の獲得が求められ、より高度な思考が大切になってきます。このような力は、自然に生活していればつくと思いますか。

ここで、バイリンガルについての研究に貢献しているカミンズ(Jim Cummins)という人の用語を紹介します。BICS(Basic Interpersonal Communicative Skills)とCALP(Cognitive Academic Language Proficiency)です。それぞれ、「生活言語能力」「学習言語能力」と訳されています。

先ほどの説明で、BICSとCALPがそれぞれ何を指すかはおわかりですね。子どもたちの日本語学習を考える際、この二つをしっかりと認識する必要があります。これまで、本人たちも多くの大人たちも、BICSが習得できたところで安心してしまい、CALPに多くの意識を払ってきませんでした。友だちと楽しそうにしている姿を見て、もう大丈夫だと安心してしまい、それ以上の支援が十分ではなかったのです。その子たちの成績が思うように伸びない場合、それはその子たちの能力の問題だと安易に決めつけてしまうことも、多くの現場でとられていたスタンスだと思われます。

しかし、自分たちのことを振り返ってみてください。外国語で日常的な会話ができたとして、すぐに、教科学習の理解ができますか。想像力を働かせれば当然だとも言えることが見過ごされてきてしまいました。子どもたちには潜在能力があります。
日本語力(CALP)が十分でないことによりその子の能力が発揮できないままで終わらせてしまうのは、あまりにも忍びないことです。周囲にこのような子どもたちがいる方、また、これから子どもたちの日本語支援に関わりたいという方、是非、BICSとCALPについての認識をもち、BICSとともにCALPの重要性を心に刻んでください。そして、将来ある子どもたちのためにこの概念を広めていっていただきたいと思います。