目次
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  1. 1. 現在、どのような内容のお仕事をされていますか?
  2. 2. 今、最も力を入れている活動を教えてください。
  3. 3. セミナーの内容や、参加者の声について教えてください。
  4. 4. 今回のようなテーマについて広く知ってもらうために、具体的にどういったことをされていますか?
  5. 5. マンツーマンではない授業の場合、個別の対応はなかなか難しいと思いますが、クラス授業を行う上でのヒントはありますか?
  6. 6. 今の活動の中で、どんなことにやりがいを感じますか?
  7. 7. 最後に、今後の活動の発展について教えてください。

●お話を伺った人:

横山りえこ(よこやま・りえこ)さん

日本語教師歴15年

●聞き手:

井上里鶴(いのうえ・りず)さん

 

 

日本語教師歴15年以上のキャリアをお持ちの横山りえこ(よこやま・りえこ)さん。

幅広くご活躍されている中で、現在最も力を入れている「日本語学習における外国人の発達障害を理解し、支援をしていく活動」について、お話を伺いました。

 

 

 

 

 

 

現在、どのような内容のお仕事をされていますか?

今は大学で留学生への日本語教育、そして生活者の方への就労に繋がる日本語教育に携わる傍ら、技能別日本語力アップをお手伝いするボランティアをしています。

また、日本語教師養成講座で講師をさせていただいておりますので、日頃から国籍年齢問わず多くの方と接しています。

 

具体的に申しますと、大学では主にアカデミック日本語です。レポートや卒業論文を書く能力、日本人学生同様に講義内容を理解する能力に加え、ディスカッションやディベート等を通して、就職活動を乗り切るための日本語を留学生と一緒に勉強しています。

 

また生活者の方とは、働くための日本語です。ビジネスマナーや職場の日本語表現のほか、チームビルディングについても一緒に学んでいます。日本社会の中では協調性が重視されるので、日本語能力はもちろんのことながら、上司もしくは部下といった同僚と、チームとして仕事を進めていくための力や考え方を知ることも大切になります。

 

そして日本語教師養成講座では、「教授法概論」と「評価法」、そして「初級、中・上級の教室活動」を担当させていただいております。

 

今、最も力を入れている活動を教えてください。

最近力を注いでいるのは、日本語学習者・非母語話者の発達障害を理解し、支援をしていく活動です。日本語教育の分野では、発達障害についての理解が十分とは言えません。それに加え、言語も文化も習慣も違う非母語話者の場合は、学習等で何か困難さをもっていたとしても、それが障害の特性であるかどうかの判断は極めて難しいのです。

 

ただ、現在の教育現場では、授業中に学習者が消極的な姿勢を見せたり、否定的な態度であったりすると、「怠けている」とか「やる気がない」という短絡的な判断をしてしまい、教師がその学習者に対し、不適切な対応をしてしまう場合があります。

なぜそのような状態になっているのか、しっかり理由や原因を理解し、どのように対応していくべきかということを皆さんに知っていただく活動に力を入れています。

 

きっかけは7年くらい前に担当させていただいた学習者さんです。今思えば学習障害と思われる特性を強くお持ちの方でした。その方は母国でとても偉い役職に就いている方で、大変な努力家だったのですが、平仮名、片仮名が全く定着しませんでした。

 

当時は私自身が発達障害についてあまり知識がなく、その方をどうサポートしたらいいのか、どういう勉強法が合うのかなどを試行錯誤していました。しかしどれもあまり効果がなく、途中で日本語の勉強をやめてしまわれたという苦い経験があります。

 

それから、発達障害について勉強するようになりました。最初は独学ではじめ、体験者のお話を聞いたり勉強会に参加したりしながら「発達障害コミュニケーション指導者」という資格を取りました。日頃様々な方に接していることもあり、特性をお持ちの方とお会いすることも多く、そのような皆さんの学習サポートをしています。こういった実践を活かして、勉強会等をさせていただいています。

 

セミナーの内容や、参加者の声について教えてください。

セミナーや勉強会には、主に日本語教師の方、あとは国際交流関係のお仕事をされている方や、外国人社員を雇用されている企業の方などが参加してくださいます。

日本語教育に携わっている方が多いので、できるだけ身近な事例を挙げて、私たち教師がどう対応していけばいいのかを考えていただけるような会になるよう意識しています。また、ここで学んだことをすぐ現場で使っていただけるよう、一つでも多くのヒントになることやアイデアを持ち帰っていただきたいという思いで取り組んでいます。

 

発達障害は外から見て分からないものなので、学習者が授業に否定的だったり消極的な態度だったりすると、“怠けているのか”“やる気がないのか”、または、“日本語が理解できていないのか”など、先生方はいろんな悩みをお持ちです。

セミナーに参加することで、「そのような学習者の態度の理由を多角的視点から観察検討したり、対応支援の工夫をしたりできるようになった」「授業案のヒントが得られた」「目の前の学習者の躓きに寄り添えるようになった」などと言ってくださる方が多いです。

 

一方で、このような勉強会をすると、「問題行動のある学習者を全て障害と決めつけてしまうことになるんじゃないか」というお声をいただくことがあるのですが、それは私が意図していることとは全く違います。

障害と診断するのはもちろん医者であり、私たち教師ではありません。私がお伝えしたいのは、「発達障害には様々な特性があり、それら特性があるが故に困っている・悩んでいる方が目の前にいるかもしれない」と知っていただくことなのです。

まずそれを知らないと、今までのように「怠けている」「やる気がない」というような決めつけしかできず、「なぜこのような言動なのか」「なぜ学習項目が定着しないのか」と多角的な視点で原因を探ることすらできません。

 

先ほど申し上げましたように、日本語学習者・非母語話者の場合は学習等で躓きがある場合に、言語や学習習慣などの違いが影響しているのか、それとも特性が原因なのかを見極めるのは大変困難です。

しかし、ご本人が大変な努力をしているにもかかわらず学習項目が定着しない、などの状況が顕著に見られるようであれば、もしかしたら特性が影響しているのかもしれない、という可能性を視野に入れていただきたいと思います。

 

わずかなサポートさえあれば、その方の良いところを活かして教室内で活躍することだってできます。

また、たとえ困難さを感じているものでも、教材教具を少し変えてみるなどの工夫をすることで学びやすくなります。

例えば、今までほとんど文字が書けなかったり、漢字のバランスがとれなかったりした方でも、わずかな工夫さえあれば「書けるようになってきた」、「形になってきた」ということはよくあることです。

学習者の躓きをできるだけ軽減させる工夫、そして得意な力を伸ばすための工夫を、困っている方・悩んでいる方と共に探していこうとする教師の姿勢や気持ちも大切であると思います。

 

今回のようなテーマについて広く知ってもらうために、具体的にどういったことをされていますか?

「日本語教育における発達障害への理解」はまだ十分とは言えません。日本語学習者が多様化している今だからこそ、このテーマを多くの方に知っていただきたいと思っています。

 

私は主に名古屋を中心に勉強会等させていただいているのですが、それをできるだけ多くの方に知ってもらえるよう、 SNSを通して発信するようにしています。そこでは勉強会のことだけではなく、発達障害についてのニュースや記事等もシェアしています。

 

そういう情報を流すことで、「もしかしたらあの学習者の方はこういう特性で困っているのではないだろうか」と一つの可能性として知っていただくことができ、無理解が故の間違った対応や辛い声掛けなどが徐々にでも減るのではないかなという希望を持っています。

 

例えば、うまく音読できない学習者の方がいた場合を考えてみてください。もしその方がディスレクシア(読字障害)だったらどうでしょうか。その方に対して、「習った言葉だから、読めるはずでしょう?」などと言っても、本人の努力ではどうしようもないんですね。本人はもちろん努力しているのです。それでもどうしても読めない。そういう状態なのです。しかし、それを理解していないと、「あなた会話は上手なのにどうしてこんな簡単な文章が読めないの?」とか、「ふざけないで、まじめに読んでください」などと言ってしまったら、そのご本人はどう思うでしょうか。

一番身近である教師からそのような声をかけられるというのは、大変辛いことです。

まずどうしてその方がそういう状態、態度なのか、という理由を考えていただきたい。そのきっかけになるといいなと思います。

マンツーマンではない授業の場合、個別の対応はなかなか難しいと思いますが、クラス授業を行う上でのヒントはありますか?

教師がある個人を特別扱いばかりしていると、やはり周りからは反感を買いますし、ご本人もよく思わないことが多いでしょう。逆に「〇〇さんはできないから仕方がない」という態度を教師がしてしまうと、クラス全体にその雰囲気が伝わり、クラスの輪が乱れ、最悪いじめに繋がることも考えられます。クラスコントロールについては皆さん難しいとおっしゃいます。

 

もちろん個別の対応は必要なことですが、クラス内での声掛けを工夫するだけでも、特性のある方の気持ちを変化させることができるのです。

例えば、授業中にある話題について延々話し続けてしまう方がいた場合、「今は話さないでください」とか「静かにしてください!」など否定的な表現をすると逆効果の場合があります。その場合は「今は順番に皆の話を聞きましょうか」などとできるだけ肯定的な言い方をすると、わりとすんなり聞き入れられることが多いですね。

 

怒ったり強い口調で問題行動を制したり、抑え込むことだけが方法ではなくて、やはり先ほどお話したような声掛けの工夫とか、その方が何で困っているのかをなるべく早く見つけてその困りごとをできるだけ取り除くようにすることでクラスコントロールがしやすくなるので、 そこがポイントかなと思っています。

 

今の活動の中で、どんなことにやりがいを感じますか?

日本語教育における発達障害というのは、まだまだ認知度が低いのですが、活動し始めた時と比べると、少しずつではありますが理解の輪が広がってきました。それがとても嬉しいです。

徐々に広がってきて、このように取材をしていただけたり、日本語学校の講師研修に呼んでいただけたりするようになり、本当にそのような一つ一つが、今の私には大変ありがたいですね。

 

私がこの活動を始めるきっかけとなった学習者の方も、当時すごく辛い想いや悲しい想いをされていたと思います。このように理解が広がっていくことによって、その方のような想いをされる方が一人でも少なくなるといいなと切に願っています。

最後に、今後の活動の発展について教えてください。

今は、発達障害の特性を理解したり、どういう対応や声掛けが必要なのか、どのようなサポートをしたらよいのか、というところを中心にお伝えしたり、参加者の皆さんと共に考えたりする活動をしているのですが、今後は特性の有無にかかわらず、目の前の学習者一人ずつをしっかり見て、向き合い、どんな方でも学びやすい授業の仕方、教室環境の整え方を考えていきたいと思っています。

誰もがその人らしく活躍できるような『授業のユニバーサルデザイン化』を、日本語教育の分野にも広められるよう、日本語教師の一人として頑張っていきたいです。

 

私は本当にこの仕事が大好きで、いろんなニーズの日本語学習者の方に会いたいという想いがベースにあります。

ですので、これまで同様、留学生向け日本語、生活者や働く皆さんへの日本語、介護等などの専門日本語をはじめ、今後広がっていくであろう新たな分野の日本語教育にも積極的に携わりたいですし、そういった異なったニーズをもつ様々な立場の学習者の方と一緒に勉強していけたらいいなと思います。

 

 

左(横山 りえこさん)

右(井上 里鶴さん)

 

お話を伺って…


 

今回のお話は、私自身、一日本語教師として大変興味深く伺いました。現役の日本語教師の方や、これから目指す方、そして、日本語教育以外の教育に携わっている方にも、ぜひ読んでいただければと思います。

 

横山さんがそうだったように、ある学習者との出会いや、ある学習者の一言が、後々、日本語教師人生に大きな影響を与えることがあります。多くの出会いや気づきがあるのが日本語教師の醍醐味のように感じます。

 

『授業のユニバーサルデザイン化』は、特に学習者の多様化が進んでいる日本語教育において、今まさに取り組んでいくべき課題として注目されています。理論と実践の積み上げと同時に、横山さんのように、教育関係者に気づきの機会を提供する活動が広がることを願っています。

(井上里鶴)