2012/3/07 Release

アノヒトに聞きました

小笠原 弥生(おがさわら・やよい)
有限会社ジーン ラ ポート代表取締役。ジーン ラ ポート ネイルスクール代表。NPO法人日本ネイリスト協会常任本部認定講師ほか多数の役職を務める日本を代表するネイリスト。ヒューマンアカデミーのネイルアドバイザー。1984年大阪、東京、ロサンゼルスでネイル技術を習得。名古屋と東京にネイルサロン、スクールを開く。ネイルイベント、セミナーを各地で開催。日本ネイリスト協会の技能検定試験官、国内外のコンテストで審査員を務める。自身のプロデュースブランド“Ryusa”商品開発販売、ネイル教則本『ジェルネイル・バイブル』『エアブラシ・バイブル』の執筆など幅広く活躍。ジーン ラ ポート公式サイト:http://www.jeanlaport.com


「ネイルってなに?」と聞き返されて、
「ネイルとは爪のことで‥‥」といつも説明していました。


ネイルアートの認知がなかった時代、難しい面もありましたか?

「若かったからこそ、できたのだと思います。
やりたかったから、やってみた。
そんな感じでスタートしたんです。」


小笠原弥生さん

ネイルのお仕事を通じて、
活躍の場を広げ続ける小笠原弥生さん。
ネイルアートとの出会いは
短大時代、ふいにやって来ました。
「ネイルのプロは、爪の知識を身につけるべき」
と言う一流のネイリストが、
“プロの職人”としてあるべき姿勢を語ります。


編集部 ネイルの世界に入るまでの経緯を教えてください。
小笠原 ネイルに出会ったのは、短大1年生のときです。
栄養士の資格取得に向けて勉強していたので、
卒業後は料理とテーブルセッティングの
スクールをやろうと思っていました。
ところがある出会いがあって、
ネイルの世界に入ることになったのです。
編集部 どういう出会いですか?
小笠原 ある日、家に帰ると、
「テレビにコメディアン・俳優の大村崑さんが
ご夫婦で出演されていて、
奥さまが爪を伸ばして絵を描いていた」
という話を母が教えてくれました。
私はなぜかピンときて、
テレビ局に問い合わせてみました。

大村崑さんの事務所の連絡先がわかり、
奥さまとお話させていただくことができました。
「テレビで拝見したのですが、勉強することはできますか?」
とたずねると、
「ちょうどネイル教室を始めたところなので、どうぞ」
と言っていただけました。

短大に通いながら、
実家のある名古屋と
大阪のネイル教室を往復する生活を
半年ほど続けて勉強しました。
それがはじめのきっかけです。
その後、もっとスキルアップしたいと考えて、
アメリカに渡って資格を取り、
勉強のため東京にも行きました。

料理のスクールという目標は切り替えて、
短大卒業後はネイルの世界でやっていこうと決めました。
どこにも就職することなく、
卒業してすぐに自分でネイルサロンを始めたんです。
ですからこれまで、ネイル以外のお仕事をしたことはありません。
編集部 すぐに起業したんですか。すごいですね。
当時、ネイルのマーケットは今ほど広がっていないですよね。
小笠原 まったく。
当時は「ネイルアート」と言うと
「ネイルってなに?」と聞き返されました。
「ネイルとは爪のことで‥‥」と
オウムみたいにいつも説明していました。

今では男性のタクシーの運転手さんに言っても 「ああ、ネイルアートね」とわかっていただける時代ですから、
まったく環境は変わりましたね。
編集部 まだ認知がない中で、
立ち上げの時期には難しい面もありましたか。
小笠原 確かにそうですね。
まだ20歳そこそこで、
若かったからこそできたのだと思います。
「やりたかったから、やってみた」という感じです。

はじめは当然、お客さまなんていらっしゃいません。
ネイルに対する需要は今ほどありませんでしたからね。
それまで私はアルバイトの経験もなく、
働くということの意味もよくわからないまま、
ポスティングしたり、ブライダルフェアに足を運んでお願いしたり。
とにかく宣伝活動を続けていました。

そのうちにいろいろなきっかけが生まれるようになりました。
たとえばNTTとのお仕事。
テレフォンカードを3000円以上買うと、
ネイルアートをプレゼントするという企画でした。
きっかけは、電話料金を支払いに行ったときのことです。
窓口の人と「爪、面白いですね」という話になったんです。
そこから営業の人に伝わり、
話がとんとん拍子に進んでイベントにつながりました。

「異業種の企業とイベントでコラボレーションできる」
ということを知ることができました。
企業にも営業するようになり、
少しずつですがお仕事を広げていきました。
編集部 ネイルアートの認知はいつごろから広がっていったのでしょう?
小笠原 日本でネイルアートの認知がぐっと上がったのは、ジョイナーです。
編集部 フローレンス・ジョイナー!
ソウルオリンピック、金メダル3冠ですからね。
ネイルアートをした長い爪の女性が
世界最速で走るのですから、
それはもうインパクトがありました。
小笠原 1988年のソウルオリンピックで
ジョイナーがネイルにアメリカ国旗を描いて、
それがテレビに映ることで
「あれがネイルアートなんだ」と認知されました。
しかも爪が長かった。
当時はアクリルで長さを出すやり方が主流だったんです。
長い爪でアートをすることが普通のおしゃれになって、
そこからかなり営業しやすくなりました。
小笠原さん

編集部 現在は名古屋と東京にスクールをお持ちですね。
小笠原 名古屋と東京では、
生徒さんのニーズがちょっと違います。
東京は「この先生に習いたい」という
ピンポイントのニーズが圧倒的に多いです。
名古屋の場合は「スクールに通いたい」「認定校だから」という、
もう少しゆるやかな動機が多いようです。
編集部 東京進出はいつごろですか。
小笠原 1996年あたりです。
東京進出のきっかけは、ヒューマンアカデミーのお仕事でした。
浜松、静岡、名古屋のお仕事から始まって、
そのうちに長野、池袋、仙台、札幌へと広がっていきました。
そうなると名古屋から毎回出かけるわけにもいかなくなって。
スタッフの中に「東京に出てもいいですよ」
と言ってくれる人がいたので、
東京に事務所を置いて拠点をつくりました。
私が月1回、東京事務所から
各地のヒューマンアカデミーをまわる形にしました。
スタッフと二人でローラー作戦という感じでしたね。
編集部 「ヒューマンアカデミー ネイルアートコンテスト2012」では、
小笠原さんに審査員を務めていただきます。
ヒューマンアカデミーネイル講座を受講しているすべての方が
参加できるコンテストです。

自分の個性を発揮できるこのコンテストに、
北海道から沖縄まで全国から
約400名がエントリーしてくださいました。
2012年3月22日に結果が発表されます。
小笠原 自分のオリジナリティを表現できる場ですから、
ネイルの勉強を続けている人にとって
うれしいコンテストだと思います。
自分のネイルアートがどのように評価されるのかを知るためにも、
コンテストには積極的に出場していくべきでしょう。

今回はアートのコンテストなので、
審査にあたってはデザイン性や技術、
そしてオリジナリティを見ていくことになると思います。
編集部 オリジナリティは大切な要素でしょうね。
小笠原 一般的にコンテスト優勝作品のテイストが、
次の年のコンテストで増えるという傾向があります。
でもそれは、すでに過去のデザインなのです。
今年は前年のデザインを超えていかなければなりません。
毎年オリジナリティのある作品を
切磋琢磨しながら創り上げていくことができれば、
常にコンテストの上位に入ることができるようになるでしょう。
ネイルアートコンテスト
日本最大級規模のネイルアートコンテスト
“HUMAN CUPネイルアートコンテスト2012”の作品
この中から審査員と一般投票によって優勝者が決定する。
編集部 ネイルのお仕事の楽しさを教えてください。
小笠原 身体の中でどこをいちばん使っているかと言えば手です。
その手の先に、女性も男性も爪があります。
また、たとえば病院に行くと爪を見て、
「貧血ですね」と診断されたりもします。
爪はポイントのある部位なのに、知識を持っている人は少ない。
医学的にも爪の分野は、未知の部分がいっぱいあるそうです。

爪を整えることを考えてみると、まず身だしなみがあります。
首相官邸の理容室にもネイリストがいるくらいです。
相手に対して不快な印象を与えないためにも、
それは必要なことです。
爪は健康のバロメーターでもあるので、
自分の健康を確認するという意味合いもあるでしょう。
お手入れは、丈夫な爪を促進させることにもつながります。

こうした爪に関するさまざまな要素がベースにあって、
そこにはじめてネイルアートが入ってくるのです。
ネイリストはとても幅広く、奥深い職業なんですよ。
編集部 華やかなネイルアートだけでなく、
爪そのものの知識を
身につけていく必要があるということでしょうか。
小笠原 そうです。
若い人たちはアートの部分ばかりを
勉強したがる傾向があるんですね。

でも、しっかりと爪をお手入れすることができなければ
ほんとうに美しいネイルアートはできません。
そのことを理解して勉強していただくことが、
ネイル業界の発展を考える意味でもいちばん大事なことです。
編集部 執筆されている本にも、
そうした思いが込められているのでしょうか。
小笠原 アートばかりではなく、
ネイルの教科書のような
アカデミックな内容で書かせていただいています。

ネイルは職人の世界。
技術は直接伝えていくものという感じで、
教科書がありませんでした。
ただ、それでは自分の仕事として残っていきません。
アカデミックな部分を解説した本を出すことで、
ネイルに関する理論を残したいという思いがあります。
小笠原さんが手がけた書籍



「爪の知識がなければ、美しいネイルアートはできない」
自分の道をしっかりと歩んできた小笠原さんのメッセージは、
プロを目指す人たちの心に熱く伝わっていきます。
後編はさらに具体的なアドバイス。お楽しみに!


                                つづく

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