2011/12/5 Release

アノヒトに聞きました

片山結花(かたやま・ゆか)
株式会社Uca 代表/FLOWERアート&デザイン協会 プロフェッショナル本部認定講師/教務委員会委員長
ヒューマンアカデミーでフラワー講座修了後、2005年東京のウエディングプロデュース会社で、フラワーコーディネーターとして活動開始。2006年FENDI「シンデレラオーディション」でシンデレラガールに輝く。その後独立し、株式会社Ucaを設立。数多くの企業のパーティー装花を担当する。近年では、2011年6月菅直人首相が来日した米歌手のレディー・ガガに贈ったバラの花(メッセージローズ)のプロデュースも務める。また、ヒューマンアカデミーのフラワー講座の講師として教壇に立つなど幅広い分野で活躍する。
株式会社Uca公式サイトはこちら


就職先は決めていなかったんですね。
「東京に行けば花屋さんはいっぱいあるだろう」と思って。


東日本大震災の被災地に向けた活動もされていますね?

「お家に帰れない福島の人たち
1000人がいる避難所に、
ひまわりの花を1000本持って行きました。」


片山さん

幼稚園時代に夢見た未来を、
ぶれることなく現実にした片山結花さん。
「運に恵まれている」のがその理由かと思いきや、
それだけではありませんでした。
幸運ラッキーをつかみとるための方法は、
「なりたい自分」への道を具体的に計画すること。
片山さんの「実行力」をお伝えします。


編集部 子どものころから花が大好きだったそうですが、
花をお仕事として意識するようになったのはいつごろですか。
片山 私は幼稚園のころから小児ぜんそくを患っていました。
入退院を繰り返していたときに、
両親や学校の先生がよく花を持ってきてくださったんです。
小さなつぼみから花が開いていくのを見て、
「すごく素敵だな、かわいいな」と思っていました。

ぜんそくでつらくても、
花を見て癒されてやさしい気持ちになれたんですね。
そのときに「私もこういう花をつくれる人になれたらいいな」
と思いました。
幼稚園のころから「私は花屋さんになる」と決めていたわけです。

大学を卒業してすぐに「花屋さんになる」と言ったら
両親に反対されると思ったので、
大きな企業に就職して1年半ほど受付業務を担当していました。
編集部 会社勤めをしながら、
「いつか花屋さんになる」という思いは持ち続けていたのですね。
片山 夢をかなえるために、
就職と同時にヒューマンアカデミーに入学しました。
花屋さんになるためには、
資格を持っていたほうがいいと思いましたし、
しっかりと基礎から学びたいという気持ちもありました。
岡山と東京で3年半通学して、
最終的に日本フラワーデザイナー協会の講師免許を取得しました。
編集部 その後、東京に出てきて、
すぐに念願の花屋さんに勤めることになるのでしょうか。
片山 岡山から東京に出てきたのは24歳のときです。
住むところは、はじめから決めていたのですが、
就職先は決めていなかったんですね。
「東京に行けば花屋さんはいっぱいあるだろう」と思って(笑)。
「資格も持っているし、きっと大丈夫」なんて、
とっても甘い気持ちで出てきたんです。

ところが花屋さんにいくら電話をしても、
「資格を持っているだけじゃだめ。実務経験がないと」と言われて、
みごとに全部断られてしまいました。
お家も借りているのに「どうしよう‥‥」と思って(笑)。
編集部 (笑)。いやいや、笑いごとじゃないですよね。
片山さん
片山 そこでちょっと考え方を変えてみました。
「花屋さんがだめなら、
花に触れることのできる仕事ってほかにないかな」と考えたんです。
「そういえば、結婚式場って花があるな」と思いついて、
結婚式場の花を扱っている会社を探して連絡してみたんです。

その会社がちょうど人材募集をしていて、
はじめて面接してくれました。
電話で「未経験でも大丈夫ですよ」と言われたので、
「ラッキー」と思って面接を受けに行きました。
そうしたら、やっぱり未経験というところが引っかかって。
でも結局、「あなた運がよさそうだから、採ってあげるわ」
と言われました。
編集部 運がよさそう!(笑)。
片山 ラッキー(笑)。
それでようやく花の仕事ができるようになりました。
立ち上げてから数ヵ月の
新しいウエディングプロデュース会社で、
面接してくださった先輩のもとで修業時代を送る予定でした。
ところがですね、すぐに彼女が‥‥
編集部 まさか‥‥すぐに辞めてしまったとか?
片山 ‥‥半年後に辞めてしまったんです。
半年教わったくらいでは、
自分一人でウエディングを担当するなんて
普通はできないことです。
「どうしよう」と思っていたときに社長が来て、
「今度から君が全部まわしていきなさい」と言うんです。
でもまあ、考えようによってはラッキーじゃないですか。
編集部 うんうん。確かにチャンスではありますよね。
片山 大手の花屋さんでは、
入社1年目は下準備しかやらせてもらえません。
花を活けさせてもらえるまでには2、3年かかるんです。
私は半年でできる、ラッキー!とまた思って。

「がんばります」と答えてやり始めたのですが、
これがものすごく大変でした。
知識もないのに新郎新婦との打ち合わせ、
朝の仕入れ、制作、納品。
すべての仕事をひとりでやらなければならなくなったわけです。
プレッシャーもあって、ハードな生活が続きました。
それでも現場の経験を積むことで、自信がついていきました。
FENDIシンデレラオーディション
フラワーコーディネーターとして大きなチャンスとなった
FENDIシンデレラオーディション。

編集部 さて、いよいよ独立に向かっていくわけですね。
片山 20歳のときに本屋さんで、
「20歳からの将来設計」といった内容の本を手に取りました。
「花屋さんになるための計画を立ててみよう」と思って、
30歳までの設計図を描いたんです。

まず「24歳で東京に出る」、
そこで修業してから「27歳で起業する」という目標を立てました。
さらに「28歳で従業員は何人」「給料はいくら」
「売り上げはどれくらい」と具体的に設計していきました。
これまでのところ、すべて設計図通りに歩んできています。

ただ、それは今だから言えることで、
ウエディングプロデュース会社で働いていたころは忙しすぎて、
起業を実現するなんて「夢のまた夢」という感じで
日々が過ぎていくばかりでした。

大きな転機となったのは、26歳のとき。
ファッションブランドのFENDIが主催する
「シンデレラオーディション」に応募したことです。
「夢を持っている女性を応援します」
というイベントのお知らせがラジオで流れてくるのを聴いて、
「花屋さんになりたいから、応募してみようかな」と思いました。
それで応募をしてみたら、1次審査、2次審査を通過して、
最終的に応募者1000人の中から選ばれた、
4名のシンデレラガールの1人になれたんです。

実は応募を迷っていたところに、
ヒューマンアカデミーでフラワー講座を担当していた方が
「応募してみたら?」と勧めてくれたんです。
その言葉が最後の後押しになって、
締め切り前日に応募用紙を書きました。
言葉をかけてもらって感謝しています。
編集部 すごい!シンデレラガールの賞品は?
片山 フラワーアーティストのニコライ・バーグマンさんに、
師事させていただくことができました。
半年後にはシンデレラガールの「卒業式」があって、
FENDIのファッションショーの装飾を担当させていただきました。
ラジオや雑誌にも出させてもらうようになり、
そこから個人の仕事も増えていきました。
設計図に「起業」と書いた、27歳直前のことです。

シンデレラガールになれなかったら、
たぶん27歳で起業はできなかったでしょう。
ウエディングプロデュース会社を辞めてから、
ちょっと広めのお家を借りて、半分が自宅、半分がオフィス。
私とアルバイトさんが1人からのスタートです。
片山さん作品
片山さんが手がけた作品

編集部 独立すると「経営」の面が出てきますが、どのように感じましたか。
片山 独立したとたん、営業も花の仕入れから制作、事務なども
自分ひとりでこなさなければならなくなりました。
はじめの2年間はほんとうに大変でした。
「つらい」とは思いませんでしたが、
信頼される会社にしたかったので
「ミスをしてはいけない」といつも気を張りつめていました。

でもあるとき、「全部を自分でやらなくてもいいんじゃない?」
と気づいたんですね。「役割分担すればいいんだ」って。
起業して3年目のことです。

3年間はブライダルのお仕事が中心でしたが、
4年目からは多くの人たちに花を楽しんでいただけるよう、
ギフト商品のご提供に力を入れ始めました。
2年目から開設している通販サイトは、
おかげさまで4年間伸び続けています。
2011年8月から5期目に入りましたが、
さらに成長できるように
従業員一同一丸となってがんばっています。
編集部 講師としてヒューマンアカデミーでも活躍されています。
片山 今、私は設立時から関わらせていただいた
FLOWERアート&デザイン協会(FADA)の
講師も務めています。
「自由な発想」を重視しているFADAでは、
花を使った「自己表現者」としての力を養うことを
目的としています。

テキストのフラワー制作、執筆にも協力させていただきました。
「プライマリー」「アドバンス」「エキスパート」に分かれた
オリジナルのテキストは、
花の初心者から、花のプロを目指す人まで、
知識と技術を着実に身につけることのできる
独自のメソッドを取り入れています。
花に興味のある方なら誰でも、
価値を感じられる講座内容になっていると思います。

片山さんが手がけた作品が楽しめる
FLOWERアート&デザイン協会(通称:FADA)のフォトコレクションBOOK。

編集部 ところで東日本大震災の被災地に向けた、
寄付活動もされていますね。
片山 売り上げの5%を被災地に寄付しています。
それからお家に帰れない福島の人たち1000人がいる避難所に、
スタッフ全員でひまわりの花を1000本持って行きました。

震災直後、花の注文は大きく減ってしまいました。
これからのことについて、スタッフとも何度も話し合いました。
正直、おなかを満たしたり、寒さをしのいだりすることのできない花で
どうやって人々を幸せにできるのかと不安になり、
「やめようかな」と思ったこともありました。
これまで会社を経営してきて、
「やめる」という選択肢が頭に浮かんだのははじめのことです。

そこである人に相談したら、その人はこう言ってくれました。
「確かに今は必要ないかもしれない。
だけど着るものや食べるもの、住むところが満たされてきたら、
次は心のメンテナンスが必要になる。
そのときがきっとあなたの出番だよ」。
その教えに励まされて、もう一度、原点にもどって考え直しました。
幼少のころ、自分が花で元気になったことを思い出し、
避難所の方々に元気になってもらえるよう
ひまわりの花を手渡すことにしたのです。

もらってくれなかったらどうしよう‥‥と、
福島に着くまでは不安でした。
ところがみなさん「お花ください、お花ください」と
笑顔で花を受け取ってくださって、
ものすごく達成感がありました。
編集部 ご自身のお仕事が、いかに人々に幸せや感動を与えているのか、
あらためてわかりましたね。
片山 ほんとうに、そのことを再確認させていただきました。
編集部 「花屋さんをやめようか」なんて、もう考えちゃだめですね。
片山 そうですね。
もっともっとたくさんの人たちを、
花で笑顔にしてあげられるようにがんばっていきたいです。




「ラッキー!」と笑顔を見せてくれる片山さんは、
かわいらしく芯の強い、素敵な女性です。
ポジティブな生き方の背景には、
「夢の設計図」がありました。
後編では「仕事と結婚」のお話も。お楽しみに!



                                つづく

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