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活躍する修了生

アラブ首長国連邦で小学生に日本語を教える。
国際都市アブダビでの生活は新鮮な驚きと発見の日々。

日本語教師 齋藤周子さん
日本語教師 齋藤周子(さいとうちかこ)さん ヒューマンアカデミー仙台校 日本語教師養成講座修了生
大学卒業後、郷里福島県で6年間小学校教諭を勤める。日本語教師を目指すため、小学校教諭を辞し、2006年4月から一年間、ヒューマンアカデミー仙台校に通学。受講中に日本語教育能力検定試験に一回の挑戦で合格。修了後、半年間国内の日本語学校に常勤講師として勤務した後、現在のアラブ首長国連邦へ。同国滞在はこの夏で3年目を迎える。

齋藤さんは2007年8月から、日本の大手石油企業が行っているアラブ首長国連邦(以下UAE)の公立小学校への日本語教育プログラム(日本語教師の派遣)にて日本語教師として採用され、現在、首都アブダビにある公立小学校にて常勤日本語教師として活躍中だ。

ヒューマンアカデミーの数多い日本語教師の修了生でも同国で日本語教師をしている人はほとんどいないのではないだろうか。齋藤さんはどういう経緯でこの国で働くことになったのだろう。

「日本語教師専門の求人サイトで求人情報を見つけました。小学校教諭だった経験が活かせそうということ、UAEという国で日本語教師をする機会なんて今後そうないだろうと思って。よく知っている企業がこういうプログラムを展開していることを知ってその内容も魅力的でした。書類選考後、面接、模擬授業等をへて採用が決定したときは本当に嬉しかったですね。」

「日本のみなさんはUAEという国やアブダビのことをあまり知らないかもしれません。私もそうでした。世界有数の石油産油国であることは知っていましたが・・・実際に暮らしてみるととても魅力的な街だ、というのが実感です。アブダビは街並が近代的に整備されていて世界中から人が集まって仕事をしている国際都市。緑化が進んでいて、青々とした街路樹の街並みや芝生の美しい広い公園などがいたるところにあって。想像していたのと全然違っていて新鮮でした。様々な文化的背景を持つ人々がそれぞれ気持ちよく共存できる街、だと思います。」

齋藤さんからいきいきした現地での生活を伺っていると何だか”アブダビ”に興味が湧いてきた。

アラブ首長国連邦
首都アブダビ 7首長国による連邦制 言語アラブ語 通貨はディルハム・・国の位置はアラビア半島の南東部、ペルシア湾に面している・・主要産業は原油、天然ガス。日本が最大の輸出国。近年ではサービス・流通・観光産業にも力を入れている・・なるほど最近、日本でも海外旅行先として人気が出てきたドバイもこの国の一都市なんだ・・・

日本から遠く離れたアラビア半島の緑濃い国際都市で日本語を学ぶ小学生たち・・・想像すると何だかわくわくしてくる。

齋藤さんに重ねて教師生活について聞いてみる。

授業風景 「勤務先はアブダビにある公立小学校です。この国では公立学校は小学校から男女別学。私は男子校のほうの小学校にいます。1年生から5年生、計400名規模の小学校です。 現在は3年生と4年生に日本語を教えていて、生徒は7〜9才。このプログラムの目的のひとつでもある“日本語の学習を通じて、日本の文化を学び、将来的に日本との交流を深めていく”ということを念頭において授業を行っています。朝は7時には出勤し、授業以外の時間は授業前準備や他の先生方との打合せ、教材作成を行います。私をこのプログラムに派遣してくださっている企業への報告も一日のうちの重要な仕事のひとつ。行った授業内容を振り返ってレポートを作成します。」 「小学校の教諭をしていたという経験も役立っていると思います。今の環境は日本語教師であるとともに小学校の先生、という色合いも多分にあるので。」

小学校教諭といえば日本では一生続けられる仕事として人気があり、その仕事から転職したり、職種を変えるといった話はあまり聞かない。
齋藤さんはなぜそんな安定した仕事を辞めてしまうほど日本語教師に魅了を感じたのか。

「大学時代、短歌を詠んでいたので、日本語へのこだわり、愛着がありました。直接のきっかけは、その後、勤務していた小学校に英語指導助手として着任したイギリス人に日本語をボランティアで教えていたことですね。いつの間にか“日本語教師になりたい”という気持ちが抑えきれなくなって。いったん小学校教諭を辞めて、不退転の覚悟で(笑)ヒューマンアカデミーに入学しました。一年間、福島から仙台までがんばって通って、みっちり勉強しましたね。その努力の甲斐あって修了前に検定試験にも合格できたし就職も決まったので、自分でもよくがんばって続けたな〜と今でも思います。」 「ヒューマンアカデミーの授業のどれもが現在とても役に立っていますが、何よりも、素晴らしい先生や校舎の担当スタッフ、たくさんの友人に出会えたことを心から感謝しています。日本語教師としてはもちろん人間としても良い刺激をたくさんたくさんもらいました!」

小学校教諭から日本語教師に転進して夢を実現させた斎藤さん。夢が叶った今、日本語教師という仕事についてどう思いますか?という質問にこう答えてくれた。

「成人に日本語を教えるのとは違い、こどもたちが授業中に騒ぎはじめたり、ケンカになったりしたりすることもあります。日本で小学校教諭をしていたときと勝手が違ってなかなかいいタイミングで仲裁に入ったり、叱ったりすることができなくて、そんなときは無力感におそわれることも。こんなふうにつらいこともありますが、それでも喜びややりがいのほうが断然多い仕事だと思います。こちらにきて二年近くたつ今でも忘れられない体験があるんです。赴任してはじめての授業。日本語はもちろんおそらく日本人と間近に接したのも初めてだったはずのこどもたちが、その授業が終わった時に満面の笑みで目をキラキラさせて“せんせい、ありがとう!”って覚えたての日本語を使って言ってくれたんです。本当に感動してたぶんあの瞬間のことはこれからも絶対忘れないと思います。日本語教師って私のように思ってもみなかったような外国で働くチャンスが得られたり、これまでの経験とは全く違う驚きや興奮を日々体験できたりする本当にやりがいに満ちた仕事だと思います。ヒューマンアカデミーで今、勉強している皆さんや日本語教師に興味のある方、転身することを迷っている方にぜひそれをお伝えしたいですね。」

齋藤さんのお話を聞いていると、遠い空の下、アブダビの黒い瞳をクリクリ、キラキラと輝かせた男の子たちが一生懸命、大きな声をあげて日本語を復唱したり黒板にたどたどしくひらがなを書いている姿が想像できるような気がした。この子たちが大きくなったとき、この授業のことを思い出し、斉藤先生のこと、習った日本語のことを懐かしく思い出すことがあるかもしれない。ただ日本語を教えるというだけでなく日本という国を子どもたちの中に刻むことができる本当に素晴らしい仕事だ。

日本語教師の可能性の広がり、そして素晴らしさを改めて齋藤さんから感じることができた。

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